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わがはじ!

めんどいオタクのブログ。

「クソリプ」に見る人間の可能性について

晩春も過ぎ、初夏の気候が続く今日この頃。そういや片頭痛に襲われる日も増え、そうなると梅雨が近づいてきた証拠である。そんな湿っぽい季節を前にまたもや根暗な考え事を懇々と書き溜めていく。

 

 

・「クソリプ」(を眺めるの)が好きだ。

クソリプ」とは詰まるところ「クソなリプライ」の略称であり、もともとはツイッターにおける会話返信機能「リプライ」において、わざわざ言うまでもないようなクソな返しを指してそう呼ぶようになった。簡単に言えば、発言主である相手に要らん事言ってしまうという現象だ。いわばコミュニケーションデブリとでも呼べるこの「不要な返信」は当然ながら今に始まった話ではなく、通常会話はもちろん、ネットでも昔から見受けられた現象だ。

 

しかし「クソリプ」と名が付けられたようにツイッターにおいて顕著にこの存在が取り上げられたのは、ここまでオープンなソーシャルメディアがかつてなかったからであろう。ツイッター上では誰でも、誰かの発言を覗くことが出来、そして言及も可能。ましてやその言及は、対面では会ったこともない発言主の端末にしっかりと通知され「ウザい」と感じさせることが出来る。すごい時代だ。受けたことのある人ならわかるだろうが、あの「誰なんだよお前」「そんなマジレス知らんわ」「返されたけど何のネタか分からん」という何とも言い難いモヤモヤとした憤りは解消も難しい。

 

そんな僕は、大量に拡散されたツイートに付いてくる有象無象のクソリプを眺めるのが趣味の一つになっている。自分でも性格がかなり歪んでいる気がする。でも「なんで人はクソリプをしてしまうのだろう」という問いが毎回興味深く、楽しいのである。(されるのは嫌だけど。)

 

とは言いつつ、様々に理由はあるだろう。「自分の知識を相手に示したい」「憧れの人に絡みたい」「嫌がらせしたい」「賛同の意を表したい」そういうカテゴライズを、日々「クソリプ」を眺めながらしているのだが、最近見た中で新鮮な一節があった。

 

「FF外から失礼します」というのはツイッターユーザーであれば馴染み深い言葉である。つまり「フォロー」「フォロワー」という相互に発言が見られる関係でないけれども、一言言わせて欲しい、というクソリプにおける決まり文句みたいなものである。今回見つけたのはその亜種で「TLから失礼します」というものだ。違和感が半端じゃない。恐らく、彼(あるいは彼女)が言いたかったのは「自分が見ているタイムライン上から失礼します」という事なのだろう。ただ、本人が見ているタイムラインなどリプライを受けた側からすれば知ったこっちゃないし、何の関係もない。とことん自分本位な立場から物申すその姿勢に、初夏らしい一種の爽快感すら覚えた。

 

そのように「相手のことを考えず自分の言いたいことを言っちゃう」この姿勢こそがクソリプの淵源であることは重々理解いただけたことと思う。ここで「どうだろうか」とか続けると内容の薄いまとめ記事みたいである。というかこんな文章読まずとも分かってるわボケという声も聞こえてくるので、そろそろ本題。この記事のタイトル「クソリプの可能性」という話に徐々に焦点を合わせていきたい。

 

・コミュニケーションにおける延命措置がクソリプを招く

僕が「クソリプ」を眺める事が好きな理由の一つにその「会話の想像できなさ」がある。言ってしまえばコミュニケーションは基本的にロジックによって成り立つ。例えば質問に対して人は簡単に答えられる。「そこに大きな木はありますか」という問いがなされれば「はい」か「いいえ」で答えればいい。次の質問や返答がなされない限り、本来会話はそこで一旦終了する。「クソリプ」における投げかけでは、そのロジックが引き延ばされねじ曲がっているのだ。

 

例として「そこに大きな木があります」という一見して完了されている文章があるとする。これに「クソリプ」を付けてみよう。カテゴリの一つ<知識誇示型>「大きな木がある」という点から「大きな木といえば日立のCMでも有名なモンキーポッドの」という自分からの提示を行いたくなるタイプ。<意識共有型>では「私も大きな木のそばにいます」と投げかけたくなるタイプ。<疑問提示型>は質問として会話を提供しているようで「あなたが大きいと思っているだけで他の場所と比較すると小さいのでは」という、相手の認識の土壌の引っぺがしにかかるタイプである。

 

他にも色々あるとは思うが、簡単に三類型からクソリプを見てみた。どれも完了している会話に「自我」を織り交ぜようとした結果、コミュニケーションの終点を無理やり引き延ばして、自分の方へ寄せようとしている。ただこれ、普段の会話ではよくある技法である。対面している人との会話が「大きな木があります」で終わってしまったら、関係もそこまでである。そこから想像力を働かせ、自分からの知識提供や疑問、共感を行うことでコミュニケーションを延命させるというのは逆にコミュ力のある発想といえる。

 

しかし、これをネット上ましてやツイッター上で行うと「誰だか知らない人が、終わらせた話を望んでもいないのに延命させにかかっている」という具合になる。対面と非対面において、また知人と非知人の間で同じことをしようとすると歪みが生じてしまうのである。本来完了された文章をいかにして引き延ばそうとするのか。またそれが会話のように自然にではなく、文面でくっきりと残ってしまう。ここにこそ「クソリプ」への新鮮な驚きがあるし、僕も知らない会話ロジックの発明があったりする。

 

・人間にしか出来ない「欲」が為すエラー

ここで徐々に考え始めたのが、最近普通の存在となってきたAI(人工知能)である。特にiOSに搭載されているSiriなどは顕著な例で、知りたいことを聞けばおおよそ答えてくれる。最近天気を知るには、自然にSiriを使うようになってきた。また更に質問の内容によっては気の利いた答えを話しだしたりと、なかなかにユーザーの心を捉える憎い演出が為されている。

 

こうしたAIが徐々に会話を独自のロジックで習得していき、人間との会話がスムーズに行えるようになったとしよう。果たして彼らAIと我々人間はどちらの方がよりコミュニケーションが上手いと考えるべきなのか。恐らく、流暢にそして無駄なくという意味ではAIに軍配が上がるだろう。現在は質問に対して明確な答えを用意するというレベルにとどまっているが、そのうち単語の意味から、空けるべき間合いや、方言すらマスターするのではないかと思う。例えば「法事」とか「死」という単語を認知し、その国々にマッチした形で喪に服すことだって学習できるかもしれない。

 

つまりはAIは空気すら読む存在にもなりかねないのである。知識においてはクラウドにつながっている彼らに勝てる余地はなく、更に「今は何を言うべきか」という「べき」「should」すら徐々に覚えていく事だろう。そうすれば、人間以上にスムーズな対話が可能になるのではないかというのは想像に難くない。人間は将来的にAIにチェスや囲碁だけでなくコミュニケーションすら勝てない存在となるのか。

 

ようやくここで「クソリプ」の話題に戻ってくる。先ほども見た通りクソリプの淵源には人間の「欲」がある。「言わないべき」という理性は働けど、「自分の知識を誇示したい、共感したい、相手を言い負かしたい」という欲も人間には存在する。そうした欲は、理性的な判断である「べき」を時に超えてしまう。ある意味で、AIからすれば「エラー」となる発言である。それでも人はその「エラー」を実行する力を持っている。「大きな木があります」という本来「はい、そうですか」としか返せないような会話にでも、無理に食って掛かる自我がある。遠くない将来を想像したときに、日々眺めている「クソリプ」というコミュニケーションデブリが、思わぬ形で人間固有の意思形成のあり方を感じさせてくれた、というのが今回の記事の本旨である。こうした欲によるヒューマンエラーこそが、人間に残された創造力の重要な部位になるのかなとか、ランニングしながら考えたり。

 

なんだか「失敗こそが魔法の継承の秘密」という『魔法陣グルグル』的な話になってきた感じもする。分からない人は面白いので是非読んでほしい。まぁ、そんな遠大な独り言を言ってみても日常においてクソリプ見てると「うわぁ、キッツいなぁ」としか思えないので、出来ればツイッターでは相手の気持ちを考えて、自分のオナニーを抑えてリプライを投げるようにしましょうね。

 

現代の「~ハラスメント」依存について思う事

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NHKニュースサイト http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170515/k10010981921000.html より

 

・「~ハラスメント」いくつ知ってる?

ということで、今日ニュースを見ていたら「SOGIハラ」なる言葉を耳にした。上の画像を見ればそのままなのだけども、最近このブログでもかなりの回数を取り扱っているいわゆる性的マイノリティと呼ばれるLTGBの方々。そのような性的志向がちょっと少数派な人に対する人への嫌がらせ、あるいは暴言などを「SOGIハラスメント」略して「ソジハラ」と呼ぶらしい。Sexual Orientation Gender Identity の頭文字を取って「SOGI」とのこと。

 

僕も今日ニュースで見るまでこの言葉は知らなかったのだけど、容易に想像がつく話ではある。「あぁ、あの人同性愛者だから」とか「ゲイなんでしょ?w」とかそういう発言は当事者あるいは周囲の人を傷つけていますよ、ということを啓蒙するためにこのような言葉が生み出されたということである。

 

確かにこうした言葉が生み出されることによって「あ、こういうこと言うとあの人傷つくのかもしれない」とか「こういう事をいうとSOGIハラにあたるのかも」とか、周囲の想像力を働かせるという意味では有用な言葉であるだろう。意識の啓蒙という意味では「あなた、それもハラスメントですよ!」という指摘が出来たほうがより便利である。

 

それにしても、だ。この「~ハラスメント」今現状でいくつあるんだろう。そんな事を思ってググってみたら、こんなサイトに当たった。

全32種類の○○ハラスメント一覧 | 社会人の教科書

なるほど、このサイトの定義ではどうやら32種類あるらしい。今回取り上げた「SOGIハラ」が入っていないことを踏まえると、恐らく現在では50種類くらいにはなっているんじゃなかろうか。そしてこのサイト。最後にはこんなまとめで締めくくられている。

閉じられた人間関係の中で、気付かない内に「ハラスメント」は発生しています。そして、これらのハラスメントは「人権侵害」であり、本人同士や周りの人間を含め解決していく必要がある重大な問題です。

最も大切なことは、自分の行動が同じ環境にいる人間に不快感を与えていないかどうか、ということを自ら振り返ること。自分の何気ない言動が相手にとっての「ハラスメント」になっていないか、一度自分の普段の行動を見つめ直してみましょう。

 

・「ハラスメント」の本質ってなに

このサイトの32種類のハラスメントを見ていると、あることに気づく。正直「~ハラスメント」って名前はついているが、それを見ていると、日々生活している中で対人と起こりうる不満や問題そのものであるということだ。先駆を切った「セクハラ」あたりは言葉として定着しているものの、それ以外を見ていると「もうそれって、ハラスメントってかただの対人関係でムカついたことでは?」と思わざるを得ないものがいくつもある。

 

上記の「SOGIハラ」もそうなのだが、果たしてなぜこのようないろいろな種類の「ハラスメント」が生じるのか。それは日々社会で生活している人ほぼ全員が感じてることだと思うが、どこにでも「ムカつく野郎」は存在しているということだ。強いていうなら「ハラスメンティックな人」とでも呼ぼうか。思い起こしてほしい。飲食店でやけに強い態度で注文をしだす中年客。電車内でバカみたいに騒ぐ学生。職場なのに身の上話ばかりして仕事しないお局。路上で平気で喫煙するおっさん。空気も読まずに同僚の身内ネタを面白おかしくバラす知人。ネット上で人の悪口ばかり騒ぎ立てるクソアカウント。

 

そう、お分かりだろうが、自分に対してハラスメントを行う人間なんていくらでもいるのだ。上記のまとめで「ハラスメントは人権侵害」と書いてあるが、そんな事を言い出したら、日常生活はほぼすべて人権侵害との闘いである。静謐な職場でトイレひとつ行くのも闘争だろうし、飲みの席で上司に酒の限界を知らせるのも決死の闘いである。そういう意味では、だれもがハラスメントと闘っているし、逆に生きる上ではこれらハラスメントに勝たなければならない。

 

「~ハラ」という言葉がここまで増えているのは「自分が受けたムカつく事をだれかと共有したい」という感情からだと思う。例えば「物言いがキツくてムカつく上司」「自分の裁量や権限を振りかざす先輩」それらを「パワハラ」と呼んで分かりやすい批判対象に仕立てているのである。しかし、その共有が行われたところで容易にその対象の人物が変わるわけでない。むしろここまで「ハラスメント」という言葉が一般的になったことで、それはただのレッテル貼りにとどまってしまう。上司からは「ゆとり世代」と言われ、下からは「パワハラ」と返す。単なる悪口の応酬にしかならないケースも多々あることだろう。

 

・本当の意味で「ハラスメント」を打ち破るために

人は言葉に甘えたがる性質がある。「~ハラ」という言葉で相手を批判出来るとついつい信じてしまう。しかしながら、本当に現実のハラスメントな状況を変えるには、やはりレッテル貼りだけでは意味がない。「セクハラ」が出来た当初は「ハラスメント」という言葉にも力があったため、その批判効果も強いものに感じた。しかし今や、日常の些細な不満はなんでも「ハラスメント」になりかねない。では本当に、その現実のハラスメントを打ち破るにはどうしたらいいのか。

 

冒頭で取り上げたLGBTに対する「SOGIハラ」を例に見てみよう。確かにこの言葉によって、蔑視的発言への萎縮効果は見込めるだろう。しかしながら、例えばマツコデラックスが「SOGIハラ」的発言をされたと他人に対して訴えるだろうか。「ホモ」「ゲイ」などと言われたところで勝手な想像ではあるが、それら言葉を一蹴するだろう。極論だが、いわゆるドラァグクイーンと呼ばれるような人らも同様に思える。つまりは、ハラスメントすら寄せ付けない自分が確立しているということだ。

 

以前こんなエントリを書いたことがある。

www.wagahaji.com

女装を例に「キモイ」という感情はいかに生まれるのか。また、人はみなどこかで「キモさ」を抱えているものであるという話だった。今回もその話に近いものがある。誰しもがハラスメントをするし、される可能性がある。今回のように「~ハラスメント」という言葉が増加し続けると、先にも言った通り単なる悪口の遣り合いだけになってしまい、本来の問題が解決しないのではないかと感じられた。

 

ここまで書いているが、勘違いしないでいただきたいのはあくまでも「ハラスメントを行う方が悪い」のは当たり前である。「~ハラ」を受けている側の気持ちも考えられずに、不満を相手に与える行為を称賛するはずがない。ただ、見てきた通り、重要な問題は人生において種々の「ハラスメント」が完全に消えることはないということである。

 

その上で今回、とかく言いたいのは相手を批判したいが為に「~ハラ」という言葉に依存しない方がよいということである。病名を与えらえれて安心する精神患者のように「あいつはハラスメントをしている」という批判的なレッテル貼りだけに満足して実際の問題事態が解決に向かわなくなるケースも生じる恐れがあると感じたのである。

 

「SOGIハラ」であるならば、まずは自分がどのような性別として、どういう在り方として生きていきたいのか。その確固たる意思こそが批判や蔑視すら打ち破る一番の処方に思える。それ以外にも何かを「ハラスメントだ」と批判する前に、自分の意思を見つめなおす事が最優先だと感じた。

 

ハラスメントをする輩は「~ハラ」と呼んだところで、消えることはない。その前に、そいつにどう対処するか。自分はどうしたいのか。愚痴る前に考えた方が生産的だなとか。そんな事を思いつつ、滔々と愚痴をこぼしてしまいました。

 

 

新しいモノに惑わされそうになったら過去を見る

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ゴールデンウィークも終わり。社会人たちの断末魔が聞こえる日曜の夜いかがお過ごしだろうか。僕もそんな例に漏れることなく、多分いつも通りの勤務のはずなのに、異常なまでの絶望感に駆られている。とりあえず皆、死なないようほどほどに頑張りましょう。

 

という事で、技術革新が甚だしい昨今。どの業界でもネットを眺めると皆こぞって「次に来るのはなんだ!」という話で持ち切りなんだけど、敢えて過去を覗くのも悪くないなと思った記事です。

 

Apple Musicに登録して知る新しい音楽の楽しみ方

僕は特段オーディオマニアというわけでもないので、日ごろiPhoneで音楽を聴いている。ここ半年~1年くらいだっただろうか。Musicのアプリを立ち上げると「For you」とかそんなアイコンが追加された。当初はなんじゃそりゃと思っていたのだけど、定額の音楽配信サービス「Apple Music」の機能の一つらしく、いろんな音源を聞くことができるだけでなく、当人の好みからプレイリストなんかもサジェストしてくれて月980円とのこと。

 

種々定額音楽配信サービスが流行っている事は知っていたが、僕は「その時自分が聞きたいものを聞かせてくれよ」という堅物で、しばらく無視をしていた。ただ、次第にアプリ内においてそのアイコンが目障りなのと、周囲からの「結構面白い」という声を聴いてしまい、この連休とりあえず3か月のトライアル版に登録してみた。最近ランニングを始めてから音楽を聴く回数が増え、その際のローテーションに悩み始めていたというのも理由の一つである。

 

という事で、ランニング中早速そのプレイリストを起動。「邦楽2000年代ヒットチャート」を聞いてみることにする。すると一発目がhitomiの『LOVE 2000』。同世代以上ならわかるだろうが、シドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子が当時お気に入りにしていた曲としても有名であり、ある意味マラソンにとってはなじみ深い曲である。そのチョイスもなかなか悪くない。その後もロードオブメジャーやらオレンジレンジ(初期)やらと、僕が小中学生の頃必死で聴いていたオリコンチャートをほじくり返され、なんとも言えない気分の中走り続けた。

 

ふと、その頃の音楽の聴き方を思い出す。2000~2005年くらい。よっぽど気に入った音源はCDを買い、それ以外で音源が欲しければレンタルショップで借りた。当時はちょうどウォークマンもカセット~MDへの移行期という時代だったので、家のコンポでそれぞれのメディアに録音をするという作業をバカみたいに繰り返した。また、テレビでは音楽番組が溢れておりオリコンチャートを元にしたランキング形式で当時の流行歌を紹介。とりあえずトップ10を聞いていれば学校でも会話から漏れない。

 

恐らくオリコンチャートが最も力を誇っていた時代も、この2000年代くらいまでではないだろうか。それ以降は音楽配信のパイが次第に大きくなり、アルバムではなく個別曲のDL数が増加。You tubeでも様々な音源を楽しむことが出来るようになり、CD販売のヒットチャートといえば嵐かEXILEかAKB(秋元康関連)が埋める。しかも、音源そのものより特典の方に価値が置かれたりと、僕が言うまでもなく音楽業界を巡る状況は様変わりしてきている。

 

そんな音楽チャートが生きていた最後の時期の音楽を、定額音楽配信という形で聴くことがなんだか皮肉だなぁと感じた。うーん。この音楽配信という形。個々の好みによりマッチさせることで、大きなシーンを作るよりも個別需要のミスマッチを失くすという意味では非常に効率的である。これからの音楽はこのような形に落ち着くのだろうか。とか悶々としていたわけだ。

 

ビルボードって最初はどうだったんだろう

ふと逆に、僕らが過去当たり前と思ってたCD販売を元にヒットチャートが出来あがり、シーンが出来る流れは果たしてどこで発生したのだろうと気になったのである。今の時代が「音楽業界の過渡期」であるならば、昔にも当然「過渡期」はあったはずである。細かいことはスルーしてみて、ヒットチャートの成り立ちにフォーカスをしてみる。

 

おおざっぱに言って世界的音楽ヒットチャートの大御所といえばアメリカ「ビルボード誌」だろう。各国ヒットチャートはあれど、ビルボード誌のランキングは日本国内のラジオでも結構聞くことが出来る。その影響力は未だにやはりエンタメ大国、アメリカさんである。そのスタートはどのようなものだったのだろう。とりあえずWiki先生に聴いてみることにした。

 

1894年11月1日に『ビルボード・アドバタイジング』(Billboard Advertising)という誌名で創刊。創設者はWilliam H.Donaldson とJames H. Hennegan。オハイオ州シンシナティで産声をあげた。1897年に『ビルボード』に改称。創刊当初は、サーカスや移動遊園地などを取り上げていたが、次第に音楽を取り扱う記事数が増え、1960年代からサーカスや移動遊園地を別の雑誌で扱うことにし、音楽に一本化した。誌名はその頃の名残であり、巡業の日付を貼り付ける掲示板から付けられたものである。

1936年1月4日ビルボードは初めて全米のジュークボックスで流れたヒット曲の一覧を発表し、1940年7月27日号に初めて独自の統計から割り出した、ヒット曲のチャートを掲載した。1958年8月4日以後、シングルの販売とラジオ局でのリクエストなどを元にホット100(Hot 100)という100曲の最も流行している音楽チャートを掲載している。

 

「へぇ」である。最初は遊園地とかレジャー施設の情報誌だったんだなと知る。そして本題は2段目である。「ジュークボックスで流れたヒット曲の一覧を発表」とある。なるほど、最初はレコードの販売を元にした統計ではなかったという事だ。ジュークボックスは、要はお金を入れてその中の1曲をリクエストすると、そこから音楽が流れるという今でいえば公共の有料試聴機みたいなモノと言えばいいだろうか。

 

なんだか考えてみると現代に近い気がしてきた。自分の端末にDLするということではないけど、クラウドサーバーにいろんな曲があって、そこから課金をすることで音楽が聴ける。しかもジュークボックスは公共の場にあるもので、そこでの選曲は一人で楽しむだけではなく、DJ的な行為にも捉えられる。姿はアナログだけど、それはCDの購入よりむしろ音楽配信、また自分の好きな音楽を即共有するネットでの楽しみ方に近いのではないか。

 

その後時代が進み、各自宅にはプレイヤーがある前提となり、音楽はレコードやCDを購入しコレクションする「モノ文化」の一種に取り込まれていく。ただ、ジュークボックスしかなかったヒットチャート創設当時はむしろ「1曲単位」「都度課金」「公共の場において共有」という要素が強かったという事だ。今の時代の「一度課金すれば購入扱いになる」という面は圧倒的に違えど、音楽の楽しみ方はなんだか原点回帰をしているんじゃないかと思えてきた。

 

現在、配信でもDL数など過去の販売数に近いチャートはすでにある。これから定額音楽配信がより一般的になれば、ジュークボックスの時代みたいに、その再生回数やSNSへの共有回数・リコメンド回数を元にした統計がなされ、これまでとは一味違ったシーンの形成がなされるのかもしれない。

 

・新しい過渡期には一個前の過渡期を見直す癖を

正直、上での思考は「これからの音楽業界は」という問いに対する答えになってはいないし、そうしようとも思わない。ただ、色んな事に対する考え方のヒントになるのではないかと思った。ちょっと話は飛ぶが、昨今、情報革命が進み「これまでの常識が全く通用しない時代が」という話を頻繁に聞くようになっている。確かに自分自身もそう思うし、スマホが一気に普及したのもこの5~6年の話。時代のスピードはぐんぐん加速していて、皆が一抹の不安と期待感を持ってこの先を論じているわけで。

 

VR、自動運転、コミュニケーションツール、情報セキュリティ、どれをとってもSFというか自分の想像の斜め上を行く話ばかりだ。自分も新しい時代についていかなければ取り残されてしまう。各種メディアを見ていても、それを見て論じている僕を含めたネットユーザーも、ちょっとした焦りと煽りを伴って、未来のことをひたすらに見続けている感を受ける。

 

しかし、過去から人は常に新しさを求めてきた。産業革命に端を発した技術発展はもちろんのこと、特に20世紀の所謂世界大戦後については、法規や人権に対する考え方が、地域差はあれど大きく変わってきた。「これからの時代は全く違う時代になる。どうにかしなければ。」きっとだけど、どの時代の人たちも、同じような期待と不安を抱えて、なんとかここまでやってきた。多分その焦燥感と対応策には、きっと今我々の目の前の課題に対するヒントも隠されているのではないだろうか。

 

例えば自動運転。これまでの自動車社会を大きく変えると謳われているが、かつて自動車が普及しだした当時はどうだったのだろうか。どのような法整備を行い、人に普及させ、事故の防止を行いそして安定的な運用に繋げたのか。恐らく「そもそも自動運転の話と比較しても別次元の話だから意味がない」「時代も人口も今と全く違いすぎる」という声も聞こえてきそうだ。当然頷ける指摘である。しかしながら、先のビルボードの例の通り、ちょっと見てみると思わぬ気づきがあるかもしれない。

 

 

具体的な例の提示をするまでの気力はないので、ここら辺で留めるが、これからの時代は想像の通り恐ろしいほどに常識が変わることだろう。しかしながら、戦時と戦後、ネット登場以前とネット普及後など例を挙げるまでもなく、大きく時代が変わった経験を人はしてきている。歴史を学ぶということは、所詮生き物としては今の我々と変わらない人たちが、当時の苦難をどのように乗り越えたのか。あるいは乗り越えられなかったのかという事を学ぶ為に必要な事である。過去に縛られる為に過去を見るのでなく、今の不安に対峙するため参考にさせてもらうという姿勢が、今改めて重要視されるべきなんじゃないかなとか思った連休最終日の夜でした。なんか長々すみません。

 

仕事かあー。

林原めぐみによる岡崎律子トリビュートアルバム『with you』を聴いて

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世間もすっかりGW。この頃になると海の話題も聞こえてくるが、まだ春の陽気を迎えた気分。もう少しだけほんわかした天候を楽しみたいと思ってしまうような気候が続いている。

 

今年の5月5日、アニメ作曲家として知られた岡崎律子氏が敗血症ショックによって亡くなってから早いもので、13回忌となる。そして昨日5月3日に、タイトルにある通り人気声優の林原めぐみ岡崎律子関連楽曲を集めたトリビュートアルバム『with you』を発売した。今日はそれを聴いて思ったことを書き残していきたい。

 

www.animate-onlineshop.jp

 

聴けば新録がメインというわけではなく、過去に岡崎律子から提供された楽曲や音源を集めて再構成したアルバムという位置づけである。それでも、今回林原めぐみ含めキングレコードがこのトリビュートアルバムを手掛けた気合は、並々ならぬものがある。まず目を引くのが、長崎の軍艦島で撮影されたジャケットデザインと封入されたブックレット写真集。この軍艦島こと端島は、岡崎律子の生まれ故郷なのである。この時点ですでに林原めぐみがある種の覚悟を持って、今回の制作に挑んでいる気概を感じる。

 

またその覚悟を文章でも直接読むことが出来る。僕自身最近、itunes等を使って配信で音源を購入する機会の方が増えていたが、今回は久々にタワレコでCDを購入した。というのも、歌詞カードの合間に林原めぐみのロングインタビューが掲載されていたからである。その文中、上記の軍艦島での撮影についても「ピンポイントでのスケジュール、当日が晴れるか賭けだった。」「もし何の問題もなく上陸できたなら、こういうアルバムを作ろうとしていることが許されたんだと、勝手に思うようにしていました」というコメントを残している。そんな意思からは、亡くなって13年、未だに岡崎律子という存在を引きずりながらも活動を続けていた彼女の心中が垣間見える。果たして林原めぐみに、ここまでの感情を残す岡崎律子の存在、そして楽曲とは一体どのようなものなのか。僕個人の身勝手な考えを述べていきたい。

 

・「物語を造る」音楽の力

岡崎律子はデビュー以来シンガーソングライターとして活動しており、もともとアニメ作曲家ではなかった。彼女がアニメの世界で仕事をするきっかけは、林原めぐみへの楽曲提供であった。1作OVAを経て『魔法のプリンセスミンキーモモ』でOP/EDを手掛け、その後は『フルーツバスケット』『ラブひな』『シスタープリンセス』といった作品の楽曲提供でアニメ作曲家として一気にその名を広めることとなる。同時に自身のウィスパーボイスも魅力で、『フルバ』の『セレナーデ』や亡くなる直前『プリンセスチュチュ』のOPソング『Morning Grace』などでは彼女自身の歌声が存分に楽しめる。

 

それぞれ実際聴けば名曲には違いない。しかしながら、彼女が登場したのは90年代のアニメシーン。他の有名どころを見れば『幽遊白書』『セーラームーン』など、アニメ楽曲といえばそのアニメの顔であり、曲調はやはりキャッチーにしたくなるところ。その中で、岡崎律子作品はどこか浮いている。物憂げな曲調、それでいてまっすぐに前を向いた歌詞。他のアニメ作曲家と比較すれば「異色」であったことは間違いないだろう。確かに、過去携わった作品を見ていても、多産というイメージではなく、参加作品数は限られている印象を受ける。しかしながら、もともとそのアニメの為に岡崎律子が存在し、また逆に岡崎律子の為にそのアニメが存在するかのようなアニメと楽曲との親和性は、菅野よう子梶浦由記といった今を代表する作曲家たちを凌駕するほどのモノがある。

 

敢えて『シスター・プリンセス~リピュア~』を挙げるが、主人公に突如12人の妹ができるというギャルゲー史でもぶっ飛んだ傑作においても彼女の才能は光る。12人の妹のゲームEDをそれぞれ全曲担当。そのキャラに合わせた曲調・歌詞の作りこみは半端じゃなく、序盤そのトンデモ設定を笑っていたはずが、油断して感動のラストを迎えたりする。当然、シナリオも良いのだが、彼女の曲が流れだすと自然に自分の感情も昂る。それぞれ決して強い曲調ではない。ただ、自分がプレイしてきたそのキャラにきっちりハマるのだ。その物語を再構築するような彼女の世界観は他者に追随出来ないものがある。

 

・悩み多き人生をまっすぐにとらえること

アニメとの親和性が高く、キャラにマッチした楽曲。これはどのように作られるのだろう。単純に考えれば、アニメの世界観をトレースする作業のようにも感じるが、やはりその根底にあるものは岡崎律子自身の人生に対する深い洞察と希望を持つことへの模索そのものであると感じてしまう。アニメの楽曲提供であろうが、自身のオリジナル楽曲であろうが、その歌詞には彼女自身が抱いていた悩みが色濃く影響している。例えばウルフルズトータス松本氏が、ポジティブな歌詞は自分を励ます為のものと言っていたように、岡崎律子もまたその時々で悩んでいたこと。それに対していかに解決したのかを歌詞に載せることが多い。(彼女のHPは数年前まで残っており、当時の楽曲作成の際の心境などが書き記されていた。)

 

例えば、今回のアルバムにも収録されている林原めぐみへの提供曲『Good Luck!』では、日々街中で感じる孤独に対して、きっと誰にだって輝くチャンスはあると励ます。しかしその際「でも待ってちゃ来ないから 自分を旅立たせて」と最後にエクスキューズを付ける。この実感の籠った1行こそが彼女の魅力だと言える。また堀江由衣への提供曲『笑顔の連鎖』では、好きな人と関係が悪くなったとしても、絶対にまた元に戻れる、それは運命だから。そう言っておきながら「でもその時どのカードを選ぶかが大事 曇らぬ笑顔でさあ幸運を呼ぶの 引き寄せて」と能動性を付け加える。

 

先に彼女の曲はアニメ作品との親和性が非常に高いという話をしたが、それは楽曲自体が持っている物語性と、アニメ作品の物語性のリンクに要因があると感じる。アニメは普通、1クールの間、その展開に山があれば谷もある。キャラクターがそれぞれの苦悩や壁を乗り越えて終劇に向かっていくわけだが、岡崎律子楽曲はまさにその紆余曲折が歌詞の中に内在している。そして、想像ではあるが、岡崎律子自身が人生で感じたリアルな悩みと葛藤、そして抱いた希望をアニメの楽曲に憑依させていたように映る。自身も自分の曲を歌うシンガーソングライターだからこそのやり方であるように思える。(これは恐らく日向めぐみあたりも同様かと思われる。だからこそメロキュアというデュオがマッチしていたのではないかと勝手に思っている)『フルバ』で感じた『セレナーデ』の異常なほどの歓喜と切なさは、アニメという作り物を、人生という現実に落とし込む、地道で実直な手法から生まれるものだと思う。あくまでも、創作を創作の為に行うのではなく、人生の悩みや苦悩と向かい合う為に生み出された曲だからこそ、我々はそのひとつひとつに感動を禁じ得ないのだと今回感じた。

 

林原めぐみによって蘇る岡崎律子という輝き

そして、今回のアルバムに話を戻そう。収録曲の中で、この『with you』の性質を特に示し、取り上げなければならない曲は、やはり『For フルーツバスケット for Youth』であろう。原曲ではメランコリックな情緒が美しく、実にロマンチックな『フルバ』OPの名曲であるが、本作では大胆にもポップなアレンジでの新録となっている。マンドリンバンジョーを使い、また打ち込みを加え、これまでとは全く違った曲の雰囲気に仕上げている。林原めぐみはこのことについて、インタビューの中「これまでのファンにとっては冒涜と言われる危険性もありましたが、それも覚悟の上です」とした上で「この方(岡崎律子)を新しい世代の人にも伝えたかったから」と今回の作品での覚悟を改めて提示していた。

 

ファンからの批難も覚悟の上。でも、たぶん岡崎律子なら「それも<らしい>と言ってくれる気がして」と明言している。なくなって13年、これまでのある種「神聖化した岡崎律子像」を残すのではなく、これからも生き続ける岡崎律子楽曲、リッツソングに励まされた分、若い世代にも広めていきたい、という非常にポジティブな感情をその一端からうかがい知ることが出来たことが僕は只嬉しかった。僕もただのファンとして。岡崎律子という作曲家を失って大きなショックを受けた。7回忌の際には、稚拙だが自身の同人誌で全アルバムレビューなどを行った。彼女の存在が周囲で忘れられるということが嫌だったし、特に特集記事を組む音楽雑誌を見つけることもできなかった。それがなんだかとても悔しく、自分で行動するしかないと思った末のあがきであった。

 

今回のトリビュートアルバム発売は、未だに喪失感を抱き、音源を聴いてはふと昔を振り返り「あの頃はよかった」と言って老害になりかけていた自分を、改めて林原めぐみが歌う岡崎節で叱ってくれたようである。もう一度、今を生きる岡崎律子という存在を自分の中に見つけられた気がする。林原めぐみに関しては、今年中野サンプラザでの初ライブも話題となり、そのセットリストも今から喧々諤々の議論がネットでなされているようである。果たしてそこに岡崎律子楽曲も入るのだろうか。ファンとしてはうっすらとした期待感を抱きながらその全貌を待ちたい。

 

 

以下、6年前に頒布した同人誌の該当記事の箇所をピックアップした画像を載せたツイートである。せめて13回忌となるこのGWの間くらいは掲示してみたいと思い投げてみた。学生時代ということもあり、やはり拙い内容ではあるものの熱量だけでも残すことが出来れば。時間がある方はぜひ覗いてみて頂きたい。

 

 

根暗オタクがランニングをした方がいい3つの理由

いよいよ世間はGW。日々様々なイベントが開催されており、オタクたちは一体いつからこんなにアウトドアになったのかと思うほど、各地へ活発に外出しているようで。その様子をぼんやりとSNSで眺めている。なんだこいつら楽しそう羨ましい。僕はといえば、日曜朝の定番プリキュア視聴を終え、その後なんとなく足の毛を剃った。スルスルする。えへへへ。そんな思いも込めて、連休らしく僕もアウトドア感溢れる記事を書いてみることにする。

 

 

 

唐突だが最近、やけに走っている。時間があればできるだけ走っている。とても健康的。日ごろは飲んだくれて、ツイッターやブログに妬みやひがみ文章を書き散らかすだけのクソ人間がどうしたのかと、自分でも思ったりする。いよいよ明るく楽しい健康ライフを志し始めたのだろうか。

 

まぁ、そんなはずもなく。ランニングを始めた最も大きな原因は、この4月にあった部署異動である。営業職から内勤に移り、まず運動というか外出する機会が減った。一日に歩く歩数も測ってはいないがおそらく激減しているはずである。うーん、ちょっと運動しないとな・・・そう思っていた矢先、更に追い打ちをかける情報が耳に入る。異動先の部署ではどうやら、若手社員が取引先主催のマラソン大会に強制参加とのこと。しかもハーフかと思ってたらどうやらフルマラソンらしい。おいおいマジか、殺す気かよ。2017年なんていう近未来的時代に、会社行事の強制フルマラソン?はっきり言ってやろう、バカじゃないのか。

 

内心の自由は保障されているわけで何を思ったところでクビにはなるまい。ただ、気づけば僕もすっかり会社の犬。「これは運動するチャンスだね☆」とウインクに舌ペロで即納得。前向きににランニングのトレーニングを始めたという次第である。NOと言えない日本代表強化合宿という感じ。ただ、そもそも走ること自体は嫌いではない。過去野球部の頃は投手だったので「全体の練習に出たくないから」という理由で、よく走り込みに出た事もある。誤解されないよう言っておくが、性根が真面目なのでサボってはいない。ちゃんと走っていた。ただ集団行動が苦手なだけなのだ。

 

そんなヤツがチームスポーツやっていたこと自体どうなのだろうと思うのだけど、それは置いておいて。今回、フルマラソンを走る事を考える上で、ちゃんとペースを測って走ってみようと思ったのだ。今の時代は非常に便利なもんでiPhoneでググれば、それ専用のランニング指示アプリなんてものもあるではないか。走ったコースと距離を自動で読み取り、1km毎にタイムをアナウンスしてくれる。すげえ。課金アプリではあるものの、ジムに入会したと思えば安い安い。そんなこんなで、ようやく15kmをゆっくりと走れるくらいまでになってきたというわけである。

 

走るというのは気持ちがよいものである。健康にも良いというのはそりゃあそうなのだけど、それ以上にメンヘラ気質あふれる小生には、肉体的健康以外にもランニングを継続した方がいい理由が見えてきたので、簡単にまとめてみたい。

 

①とことん独りになれる

しょっぱなからブレることなき根暗発想。そう、団体練習をサボるため走っていたように、ランニングにいそしんでいる間は誰とも関わり合いを持たなくていいのだ。昨今スマホのおかげで何をする時も外部情報が入ってくる。冒頭でも僻んだが、特に休日「〇〇さんが~に遊びに行っている」「~さんが△△さんと一緒にランチいってる」知るかこの野郎。こちとら、休日に一緒に遊びに行く友達もいねえんだよクソがみたいな内省は、僕だけじゃなく多くのネット根暗民が抱いている鬱憤だと思う。そういうことにする。

 

やはり、そんなSNS全盛の時代とあっても、さすがに走っている間はiPhoneを見る環境にない。てか通知が来てもどうでもよい。誰かとの関係に心を摩耗させることもなく、ただ独り自分を追い込むことに集中できる。単純ではあるのだけど、この時勢において完全な独り環境を得ることって思った以上に難しい。お風呂に入っていても、トイレに行っていても、食事中でも。思い返すとスマホを持っているのではないだろうか。中毒という老害先輩からの指摘も、あながち間違いではない。ある程度の時間「走るから」という理由ですべての通信や情報をシャットダウン出来るこの時間の作り方は、やはり自分のメンタル維持にも非常に有用であると感じる。

 

②自分の身の程を知る大切さを知る

自分の分際をわきまえるということは大切だと、走っていると切に感じる。ついつい「あのレイヤーさんとは云々」とか「あの作品クソ云々」とか、自分の身分すら忘れて思いあがりやすいオタクにとって非常に重要な点だ。これは今回ランニングアプリを導入し、1kmあたりのペースがわかるようになって感じた事である。これまではランニングに出かけても「今日は快調だな」と思う日と「全然走れないな・・・」と思う日が点在していた。距離を長く走れないときには「体調が悪いのだろうか」などと理由を考えていた時点で思い上がりだった。自分の走るべきペースを知ってから、そういう日は単にオーバーペースなだけだと知った。

 

現在1キロを6分〜6分半で肺に負担をかけることなく走る事を意識している。都度アナウンスを聞きながらペースを維持していると、自分の限界のスピードを把握できる。車を運転している人なら分かるだろうが、周りに障害物のないストレートな道ほどついついアクセルを踏み込んでしまう。気づけばかなりのスピードが出ているということもあるだろうが、ランニングもこれと同様、ペースが速まるのである。気づけばオーバーぺースに陥り、結局総距離を維持できなくなってくる。

 

これは何をするにも重要な事で、例えば文章を書くにしても。テンションが上がって「よっしゃ書くぞ!」と思った翌日には「まったく自分には才能がないかも」とふさぎ込むクソメンタルを保有している身としては、どうやったらこのモチベーションを維持するのかを悩んだりする。それに対して、ランニングでペース維持の重要性を学ぶと「自分に出来ることをまずやろう」という形で余計なことを考えずにまずは自分の分際に適合した事をやろうと思えてくる。何はともあれ、今の自分が出来る事をする。その姿勢を改めて考えさせられるのである。

 

③持続することの大切さを知る

長い距離を走るには、淡々とペースを維持することが重要だと知った。あとは、その自分のペースをどれだけの時間、持続できるかである。例えば、あまりに時代の流れが速く「次の流行に乗らないと!」とか焦っているオタクは、まず自分の愛好する作品に愛を注ぎ続ける事を知れという話かもしれない。いや、そうじゃないかもしれない。

 

先に書いた通り、自分に出来るペースで走ると意外と走り切れる。昨日も久々15kmほどを走った。筋肉疲労はあれど、思った以上に心肺機能にも負担は少なく1時間半強のタイム。こんなものだろうとは思ったのだけど、終盤「体力以前にこのランニングを延々2時間、ましてやフルマラソンなら4時間とか維持し続けるだけの精神力って凄いな・・・」と思えてきた。僕はどちらかといえば気が短いほうである。最近ようやく映画館で映画を見るようになったが、それまでは「2時間同じところにいるのが苦痛」という理由で見に行かなかった程である。

 

そんな人間が2時間も同じランニングを続けていると「果たしてこの行為に意味はあるのか」とか「ランニングしている僕の身体はいったいどこから来てどこに行くのか」とか無駄な哲学的思惟に邪魔をされ、心が萎えてくるのである。そうした外野からの阻害に負けることなく、自分の目的意識を持続達成させるという事が求められる。「~を成し遂げたい」という意思は結構脆いもんで、そうした自己内内省からくる妨害にすぐにやられる。ワナビー乙なオタクなら理解できるところだろう。そこの意思の強さを鍛える為にも、やはりランニングという選択肢は悪くない。

 

 

 

ということで以上、ランニングをしている最中に思った自己肯定をそのまま文章にしてみたという感じである。どうせ、自分でこんなこと書いていてもいつか気持ちが折れるだろうから、その時に読み返そうと思う。とかく。休みだというのに3000字以上もうだうだ自分の事柄について語っている時点で根暗を抜け出せていないのがにじみ出ているのだけど、そもそも根暗は治らない。イベント参加のオタクたちに妬みの目を向けるため、またツイッター散策に戻ろうと思う。

今ビートルズという存在を考える

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2002年、ポール来日時の『レコードコレクターズ』久々に読み込んでしまった

・チャートの価値が薄い時代で

ポールマッカートニー御年74歳が現在来日中である。今週火曜日に行われた武道館ライブを皮切りに東京ドームで数回ライブをやって帰るとのこと。いやぁ、74歳がロックスターとして健在なのもびっくりだが、やはり今も尚熱心なファンがついているというもの凄い。

 

気づけば1970年がビートルズ解散だから、そこから半世紀が経とうとしている。当然解散後のソロとしての楽曲も演奏されるが、ライブの半数以上はビートルズナンバーだろう。50年も前の曲がいまだに愛され、そしてここまでの熱狂を呼ぶということはただ事ではない。

 

事実、僕も結構厄介な類のビートルズのファンである。音楽を聴いて初めて泣いたのは小学6年生の頃に誕生日で買ってもらった『Abbey Road』のB面メドレー。もうそれは感動してずっと泣いてた。そして15年前のポール来日ツアー「Driving Japan Tour 2002」は親に本気でせがんで行かせて貰ったし、更に言えば記憶にはないのだが音源化もされた生前のジョージハリスンの「Live in Japan」にも親が連れて行っていたらしい。これほど記憶が惜しいと思ったこともない。まぁ、他のビートルズファンが同様にしてそうであるように、僕も語りだすと本当に面倒な顔をされるタイプのビートルマニアなのは自覚している。

 

ただ、大学時代。軽音楽部に所属していたのだけど、僕ら世代より下から「ビートルズってそもそも何がすごいんですか?」「音が古いですよね」「音圧がしょぼい」とかそんな声も聞こえたりして。更にこの前イギリスのBBCのニュース番組でも若い子に「ポールマッカトニーって知ってる?」と聞くと結構な割合で「知らない」と答えるという特集が組まれており、衝撃を受けたりもした。

 

過去は「この曲、ビルボードで8週連続1位だったんだよ」とか聞くと「スゲー」と子供心に思ったものだが、確かに今の時代。いくら「ビルボード何週間1位」とか「メロディメーカー誌で1位」とか言ったところで、音楽チャートの意味すら通じなかったりする。こと日本においても「オリコンチャート」なんて言葉も聞かなくなってきた。どこの国でも、聞く音楽は細分化され皆が聞く音楽なんて一様でなくてよい、という常識がまかり通った時代に「チャート1位」を推されたところで「はぁ」と頷く他ないのも理解できる。

 

・音楽の時代を作ったバン

ここから面倒なおっさんの思いの丈だけを述べていくよ。音楽シーンがここまで多様化した時代というのも、ここ最近ではなかったように思える。今や音楽など配信が当たり前となり、好きな楽曲をDL、そして定額聞き放題というサービスも定着しつつある。みんなが何を聞いていようと関係ないし、好きなジャンルを自分の枠内で楽しむ。それが今の音楽に対する世の中の姿勢のように思える。

 

ただ、ではいつから「みんなが同じ音楽を聴くようになった」のだろう、つまりポップミュージックが生まれたのだろうと考えてみると、それはおそらくビートルズが登場して以降とも言えるように思える。相当暴論ではあるものの、いわゆる音楽シーンの高まり自体50年代からのことである。ブルース、ジャズ、カントリーなどからロックンロールやR&Bが派生。様々なレーベル、レジェンドミュージシャンが生まれる中で1960年にビートルズも結成される。

 

恐ろしいのは、それまでの音楽史と断絶しているほどのポップ性である。もともとジャズバンドのミュージシャンを親に持ち種々の音源を聞きまくっていたボンボンのポール、そして恵まれたとは言えない生い立ちでストイックかつ天才であるジョンという出会いからすべては始まる。考えてみればわかるが、50年代のスターといえばチャックベリーやプレスリーと言ったブルース/カントリーを激しくしたロックンロールの原型が最も新しかった時代である。そこに昨今のJPOPにも通じるようなコード展開の楽曲をぶち込んだ衝撃は計り知れない。

(かなり前だが、アルフィー坂崎幸之助が初期ビートルズのコード展開の複雑さをオールナイトニッポンで語っていたのが懐かしい)

 

そして活動期間はわずか10年。その間に多くの音楽史を塗り替えていく。面白いのはビートルズ楽曲だけを聞くのではなく、当時の音楽シーン全般を聞くと非常に楽しい。パクリというには憚られるが、やはり同様のコンセプトで登場した二匹目のどじょうたちの出来が、相当いいのである。顕著な例を挙げればモンキーズなどがそれに当たる。当初は「ビートルズバンド4人のコメディテレビドラマ」という企画を皮切りに始まったものの、名曲をいくつも残すこととなる。また、有名な話ではビーチボーイズの傑作『Pet Sounds』はビートルズの『Sgt.Paper's Lonely Herats Club Band』を聞いたブライアン・ウィルソンが一念発起して作った作品であることも知られる。

 

ビートルズが活動した10年間は「いい曲を残してきた」こと以上に音楽シーンそのものの土壌を作ってきた時間だといえる。音の音圧などを批判する気持ちは正直わからないでもない。所属レーベルのEMIも60年代の後半までマルチトラック録音を蔑視する風潮はあったようだ。(68年に発表されたMillenniumというバンドの『Begin』は諸説あるけどポップスで初めて16トラック音源を採用したとされていて、今聞いても異常なほどに音も作曲もレベルが高い。単純に時代の問題ではないようである)それでも音としてシンプルだからこそ、そこに織り込まれている工夫や『Sgt.~』のようにコンセプトアルバムという概念を作った姿勢に一つ一つ向い合うと音楽がおそらくより面白く感じられるのではないかと思った。

 

・音楽の楽しみ方を教えてくれる存在

という具合に好き勝手言ってきたが、ビートルズを聞くということはポップミュージックの成り立ち、音楽シーンの成り立ちを聞くことにも繋がってくる。先にも言った通り、あまりにもそれまでの常識と離れた音楽性を持っていた為に、世界中のポップスがそこで変遷期を迎えるのである。今や『Hey Jude』が教科書にも載る時代である。ビートルズなんて真面目な音楽聞けるか、などと思っているいい感じの青少年には、後期にはなるがパンクロックの祖と言われる、通称ホワイトアルバムThe Beatles』に収録されポール作曲の『ヘルタースケルター』をおすすめしたい。やはりビートルズ楽曲は確かに彼らからしたら「古いおっさんたちの音楽」ではあるが、当時の状況や時代を少しずつ考えてみると、ビートルズがどれだけ破天荒だったのか。あるいは新しいことをやろうとしていたのかが垣間見えてくる。ご存知の通り正力松太郎を打ち破り日本武道館で最初に音楽ライブをやったのもビートルズである。

 

音源としても申し分ないし、各アルバムともに傑作と呼んでも問題のないクオリティ。だから、今の世代にビートルズを勧めるには・・・とお題目を考える前に、まぁまずは聞いてみろというのが一番手っ取り早いものの、やはり面倒なオタクの性故に滔々と漏らしたくなってしまった次第である。とかく、あの時代においてはめちゃくちゃ新しい事をやっていたということは事実だし、一度金字塔を打ち立ててしまえば音楽というものはなかなか死にはしないものである。それは彼らに教えてもらった気がする。

 

今これだけいろんなジャンルの音楽や、音楽の楽しみ方があふれている時代だからこそ、もっと若い世代がそのシーンの広がりを作った扇の要をチェックすれば、きっとより音楽は楽しいものになるし、ちょっと閉塞気味なシーンにまた新しい風が吹くのではないだろうか。とか。そんなことを整理もせずに書き散らした次第です。すみません。

 

ゆるやかな全体主義社会の中で~城山三郎没後10年に想うこと~

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日本人で一番好きな作家は誰か。そう問われたら僕は確実に城山三郎と答える。

 

氏が亡くなったのは2007年。気づけば10年が経過してしまった。代表作を挙げるならば唯一文官でA級戦犯となった広田弘毅を取り上げた『落日燃ゆ』、金輸出解禁に奮闘をした浜口雄幸井上準之助にフォーカスを当てた『男子の本懐』、また当時通産省における高官たちの仕事や人事に纏わる姿を描いた『官僚たちの夏』、とある商社マンの企業組織における立ち振る舞いやビジネスマンとしての幸せは何かを考えさせる『毎日が日曜日』など。紹介しきれないほどの名作を残している。

 

そして今回、ちょうど没後10年に合わせて発刊された『よみがえる力はどこに』(新潮文庫)という講演や対談をまとめた本を読み終えたところだった。経済小説の第一人者として知られる城山氏だが、むしろその企業や国を動かす個を扱う情熱は計り知れない。やはり氏の発想が今の世においても、いかに生きるかを考える上で重要なヒントになると改めて実感した為、このような文章をぽつぽつと書き始めてしまった所存である。

 

・組織の中の個こそが希望

先に挙げた『よみがえる力はどこに』でも読むことができるが、基本的に「組織は信用ならない」というような発想が城山文学には貫かれている。それは戦時中、氏が海軍に志願して入団したものの、その内部の実情が惨憺たるものだった事が大きな要因となっている。リンチやしごきなど内部の腐敗が進み、戦争の大義以前に日本軍のこのような組織体や正体不明の権威という存在に強い違和感を感じたということである。

 

さらに、戦後。人々の価値観はそれまでの「鬼畜米英」から180度変わり、インテリの間では「戦争に行かなかった方が偉い」「軍隊なんかに志願したヤツはバカだ」というようなこれまでと全く逆の風潮が生じる結果となる。戦時においては称賛された行為が、終戦を境にまるで違う扱いを受けるという事も氏の感情にしこりを残すこととなった。

 

このような氏の原体験によってその作風は「組織とはなんなのか、個とはなんなのか」「組織の中での個の幸せとは何か」というテーマに収斂されていく。上段で挙げた各作品も然りで、国家、企業、省庁といった巨大な組織から各人物をピックアップし、その中でいかに自分の生きざまを貫いたのかが、それぞれに描かれている。

 

特に戦時下、時の首相にもなった広田弘毅の『落日燃ゆ』は伝記ながらも、城山氏としての考え、そして在り方が投影されている作品となっている。「みずから計らわず」と外交官としての道を選びながら出世コースには上らず、しかしながらも時の流れによって首相まで上り詰めてしまう。軍部先行の時代、文官として幣原外交が目指した協調外交路線の維持を模索したものの、結果軍の妨害により破綻。結局東京裁判ではA級戦犯として処刑されることとなる。本来であればその罪に対して反駁するものがあるはずのところ「その責任は私にもある」と戦争責任に対する抗弁を全くしなかったという姿が描かれた長編ノンフィクションである。

 

城山文学全般に貫かれているのは、先ほども言った通り「組織の中の個」という存在である。広田弘毅は結果だけ言えば、時代や軍政に巻き込まれ処刑となる。サクセスストーリーなどでは決してない。ただ、どのような状況下であれ、その自分の在り方を貫き通すこと。組織や風潮にブラされないその生きざまとしての強さを我々は氏の小説から学ぶことができる。

 

・負けることのない人生を歩むこととは

僕が城山作品に出合ったのは中学2年生、2003年頃だったはずだ。確か、かなり年上の地元の先輩から勧められたのがこの『落日燃ゆ』であった。確かにその年齢で読むには難しい部分もあったものの、城山文体とでも言おうか。淡々と語られるその時代の状況、そして広田の生き方、言葉。じっくりと読み込めばその意味は自然と理解出来たし、その後何回も読み返した。

 

当時は日本史の授業なんかで戦時のことを学ぶと単純に「軍も政治も一緒になって国民を騙して勝てるはずのない戦争に向かった」という愚かな失敗談として学んでしまう。そうした風潮がある中で読んだ『落日燃ゆ』は僕にとってのカルチャーショックのひとつだった。戦時下においても、何とか平和外交を行おうとした人間がいたこと。そして、その思いも虚しく結果戦犯として処刑されてしまったこと。世の中が単純かつ一辺倒な事実だけで構成されていないことに、この本で気づかされたと言ってよい。

 

そして徐々に僕自身も。当時学生の身分から大人になり。社会で働くようになってから城山文学の偉大さは増して理解できるようになってきている。会社という組織に所属し、賃金を頂く。そのためには淡々と仕事に励み、日々を回していく。社会の歯車とはよく言ったもので、先日の記事にも書いたとおり少しずつ自分という存在が会社の中で、あるいは社会の中で埋没してくるようなイメージを抱くことが増えてきている。どうも、こうした集団の中で行動を起こし、異端になるということはリスクでしかないし、そもそもその労力すら厭う自分もいる。

 

しかしながら、城山作品を見れば、それぞれの組織において自分の個を貫いた過去の偉人、あるいはそこで模索をする主人公たちが多くいる。『辛酸』という作品で描かれた田中正造という人物。足尾鉱山毒物事件において、代議士をやめてまで地元住民と戦い、そしてのたれ死にのような最期を迎えたが、結果以上にその信念や執念こそが最も重要な点であると城山氏は考える。

 

「軟着陸をしない人生を」と題打たれた講演の一部では、どうしても楽な方へと流れる人生だからこそ、自分の中で価値を定めそれに邁進をする。報われることの少ない人生でも、やるべき事を定めやり続けること。この姿勢が唯一人間として負けない姿勢であるし、また、その行動を取ることが出来るからこそ、人間は負けるようには造られてはいない。とヘミングウェイの言葉を引用しながら語っている。この一説こそ、城山三郎という人物が持っていた人間賛歌そのものであると僕は思う。

 

・緩やかな全体主義の風潮の中で

では、冒頭に述べたとおり。僕がなぜこの城山文学における精神が現代の日本に必要だと感じているか、という話に移る。今は戦時下でもない。特に平成の世となって29年が経ち、圧倒的な権威と呼べる存在もなく、核家族化が進み個々人がより自由な暮らしを選択することが出来るようになっている。そういう意味で、過去にないほど我々は自由な生活を享受出来ているのかもしれない。

 

しかしながら、その自由さはある種での残酷さと表裏一体である。なぜなら自らの幸せの定義を自らが行わなくてはならない。組織という存在はその幸福概念の決定という行為をある意味で代行してくれるものである。例えば、国家という存在がもっと求心力を持った存在だとして。経済的な発展こそが自分たちの幸せに直結しているという確信があれば、それはある意味で幸福なケースといえる。まさに昭和の高度経済成長期がこうしたパターンの時代だったとも捉えられる。

 

反対に「失われた20年」にまさに青春が重なった世代にとって、この発想はピンとこない。自国のGDPがどれだけ自分の幸福に直結しているのかもわからず、また家族という存在も多様化し、メディアに至るまで様々な手段と方法によって、それぞれが自分だけのオリジナルな幸福観念を探すような状況となっている。そんな時代だからこそ、今の世代というのはSNSといったぼんやりとしたつながり、家族や会社といった既存でないコミュニティというものの重要度が相対的に上がっているのだろう。やはり和辻哲郎が言うように「人間」と書く以上は人はどこかで組織を、社会を求めて生きてしまうのである。

 

要は、現代とは形式上は最大限の自由を宣揚しながらもその実、SNSをはじめとした色々な人間との複雑な関係性によって社会における自我が成立しており、それは今まで以上に「無意識下での」全体意識の形成につながりかねない。つまるところ、日々の「あの人はこう思っている」「こんなことを言っている」という内心の吐露が必要以上になされることによって、あるいは、それを見てしまうことによって、自分自身の「個」を持ち続けることの難易度は上がっていると感じられるのだ。

 

緩やかな全体主義社会、と書いたが誰もが内心をさらけ出すことによる内心の平均化リスクとでも言おうか。そうした事態がありうる時代において、城山文学で示される個を持つあり方というのはやはり輝くものがある。個は組織の為にあるのでなく、個の意思を貫くために組織がある。この発想というのはあくまでも、自らがどういった生き方を貫くのか、何をし続けるのか。という意思決定からスタートしている。何かと始まりの季節である春ももう既に晩春の気配が強いけれども、もう一度改めて城山文学に触れることで、自らの襟を正すがごとく自らの生の方向性を考える、というのも悪くないのかもしれない。