わがはじ!

めんどいオタクのブログ。

SNSと女装と僕と承認欲求

DSC_0780.jpg

筆者近況(もう1年くらい前ですが)

 

あからさまにSNSに傾倒してるサブカルトラニー勢を釣ろうみたいなタイトルですね。釣れればいいなと思ってます。

 最近知人の女性とかから「なんで女装なんかしてるの?」って聴かれたりして、ちょっと考えてみた結果、ブログにまとめてみよかなと。

 

僕自身も上にの写真の通り、女装みたいなことをしていて。SNSとかだと、自分の写真をあげたりしてみて、そのリアクションを見ながら世俗の寂しさなんかを現代風、いわばザッカーバーグ風に紛らわせてみたりしてるのですが。そもそも女装をする、という動機って様々だと思います。

 

前提の性別の自覚に倒錯があったり、はたまた性別は男性でも「可愛い」のが好きっていう少女趣味があったり、いや、別に宴会芸の延長ですよって人もいれば、なんか単にチンコが嫌いみたいな人も。業の軽重はそれぞれあれど、女装を晒すという行為がここまで一般化しているのも面白いなとか。

 

いや、気持ち悪いでしょっていう批判も至極真っ当なもので、そりゃ似合ってない人、それはどうなのみたいな人も沢山いますし。逆に社会活動家みたいなテンションの田嶋発フェミ系思考が、捻じ曲がって女装擁護に繋がってる人なんかもちょっと見てて、あぁ・・・ってなってしまいますし。

 

特に大人のFC2なんか覗けば、供給過多あるいは需要のマッチが図れそうにないあばれ男性器に遭遇し、辟易したりするのは僕だけの経験ではないかと思われます。(当然、需要にマッチした男性器だってありますけどね)

 

 様々な動機やそれに対する意見があることを踏まえ、自分の話になってしまいますが。僕個人の動機として、性別は男性をしっかりと自認しています。その上で趣向が、どうも女性的発想に偏っているところがあるようです。

 

理想像としてのイケメンみたいなものは当然あるけれどもそれと同様に、可愛さへの憧憬が捨てられずにいるというか。かっこよくなりたいっていう男性としての潜在的向上心と可愛いものへの追求っていう女性らしい潜在的欲求が並存しているみたいな。HIROと上戸彩の息子になりたい、みたいな。違うな。

 

まぁ、そういうベクトルの異なる欲が混在してたりして、それの片方の欲求が女装という形で現れたのかなと。

 

またネット上でのアイデンティティの構築としても、多分女装というのは便利なのかもしれません。今になって、ここまで拡充したネットですが、もともとネットに住んでるような人間ってメインカルチャーとは一線を置きたい、サブカル志向の普通嫌悪人種が多いのは昔からの傾向です。

 

女装という行為はその中で、かなり反社会的行為だと言えます。(そういうことする人が少ないって意味で)そういった行為で、自分の特異性をアピールできるってのはこのSNSが蔓延ってる自己承認欲しがり社会ではかなりアドバンテージになるのも確かです。

 

「男性が可愛く見える」

 

これってネット民が欲しがる特異性のある極地なのかなと。これまでのネットでの市民権ってPCやそれに付随する知識量や技術、発言力。あるいは絵やプログラミングなどのオタクとしてのスキルが重視されてきました。そしてブログ等の流行と共に、そこに女性のコスプレイヤーというジャンルも参戦。

 

可愛い女性が持て囃されるのは当然として、更に「可愛い男性」という特異的な在り方が、新たなネット市民権を得たのも自然の成り行きかもしれません。

 

SNSの台頭によって「単純にこれが好き!!」ということ以上に、普通オタのコミュニティの中で、自分の特異的オタとして在り方が求められる。女装もその延長として使われる節も見えたり見えなかったり。なんかここまでオタが普通化しちゃったので、ほんとめんどくさい時代になったんだな って思います。

 

こんな他人行儀に書いてますが、僕も当然こういった市民権的利用をしている節も見受けられますし、前半の、少女趣味的発想での女装も確かにあります。勝手な想像ですが、この両パターンの動機のリンクがここまでツイッターでの女装文化を活発化させた理由なんじゃないかなと。

 

いや、それはお前の勝手な自己承認欲求の話だろうって批判もあって然るべきなんですけど、ひとつの考察として。こんな考え方もできるんじゃないかなと。当然、東方作品の普及とか触れなければならないことも多いですが、本格的にやろうと思うと、同人1冊作らねばならなくなるので。

 

ほんとはこんな論とかをこねくりまわす必要もないのかもしれないですが、ふと秋は考え事が捗ってしまい、こんな駄文を展開してしまった次第です。さてと、僕もまた毛を剃る作業に戻らなくては。