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わがはじ!

めんどいオタクのブログ。

キュレーションサイト問題から見る「僕らが何を信じるか」という話

最近何かと話題のキュレーションサイト。そんな話が引っかかってしまったもので滾々と考え事を吐き出していきたい。

diamond.jp

今回の騒動、大枠の理解としてダイヤモンドオンラインさんの記事が非常に初歩かつ明確でわかりやすいので参考としたい。これに加えてオモコロでおなじみのヨッピーさんの容赦なきサイバーエージェント叩きも実に見ごたえのある取材記事になっているため置いておく。

bylines.news.yahoo.co.jp

 

思った以上の騒ぎとなっているこの問題。最初のうちは「結局、どうせまた「各記事の著作権や内容は各ライターに帰属する問題」とか、末端ライターを生贄にしっぽ切って逃げ切るんでしょ」と個人的に思っていたものの、完全なまでの炎上事案となってしまっている。いやぁ、すごいすごい。未聞の大火事だ。

 

当初は医療情報を扱ったDeNAの「WELQ」における情報の曖昧さや記事の無断転用、そして改ざんが流石にヤバいレベルに達しているというBuzz Feedにおける井指啓吾氏の記事から着火した。

www.buzzfeed.com

他社についても一斉に同様のサイト削除・非公開を行ったことがTVや新聞といった他メディアへの波及につながったと思われる。恐らく各社ともにユーザーからの問い合わせ、最悪訴訟事案を避ける為であったり、あるいは他ブランドへの批判的影響などを鑑み、即時非公開という流れになったのだろうと想像がつく。とかげのしっぽ切りには違いないが、そのしっぽもかなり胴体に近い部分まで及んだという印象だ。

 

・いよいよ本当にインターネットがカウンターカルチャーでなくなった

僕は今回の一連の流れを眺めていて感じたのは、いよいよインターネットが「大手メディア」と見做されたんだなという事である。いや、以前からそうだよという話もあるだろうが、今回の件でその認識が本物になりつつあると感じている。

 

かつては4大メディアとして新聞・雑誌・ラジオ・TVといういわゆるマスメディアが君臨し、一方的な情報伝達として大きな力を誇っていた。国民は4つのうちいずれかのメディアから情報を享受するのだから、企業の宣伝も当然そこに打っておけばよい。その力は絶大であり「紅白歌合戦」や「8時だョ全員集合」など国民の半分が観ているというような「おばけ番組」なんかも存在した。

 

そこに21世紀、颯爽と現れたのがWWWを擁するインターネットという概念である。情報は各個人が発信でき、国境すら関係ない。更に、公衆に向かってこんな場末な人間にすら適当な文言を吐く権利が与えられたのである。当初、大手メディアは「そんな些末な情報媒体など放っておけば」と高をくくっていたが、PCやモバイル端末が国民のインフラと化した昨今。企業の宣伝広告費もネットが地上波テレビに次ぐ2位、既にオールドメディアという単語が生まれている以上、言うまでもなく情勢は逆転しつつある。

 

ネットはある種、20世紀において囲い込まれた「情報を取り扱う」という既得権益を再度民衆にばら撒いたヒーローとなったと言える。その証左にこの10年ネットを眺めていれば、マスコミは「マスゴミ」と呼ばれ蔑まれ、新聞雑誌に対しては「偏向報道」という声が上がる。TVに対しては「番組が詰らなくなった」と揶揄が飛ぶ。それに対してインターネットにおける動画配信サービスやブログサービスなど、誰でも主体となれるインタラクティブな空間は「これからの情報媒体」の在り方として、限りなく新しい風と期待感をそこに持ち込んだことは確かだろう。

 

しかしながら、かつてからネットは「玉石混交」と言われる通り、果たしてそんな些末な人間の書く文章にどこまで信憑性があるもんだろか、という問題点は常に孕み続けていた。だって、匿名で文が書けるし、そんな誰が言ったかも分からないデマを信じたところで、それは信じた方が悪いでしょ?という自己責任的文化は今なお残る。

 

そんな中で先にも書いた通り、企業の広告費だけは上昇を続ける。その情報の質という部分とは関係なくネットにおける単純なPVに基づいた金銭面の価値だけが一人歩きを続けている、要はバブル経済の状況に似ているかもしれない。実体経済もなく、その数値だけに払われる経費。以前、電通すらネット広告における不正が問題となったが、情報の価値と広告としての価値がまるでリンクしないという状況が起きているというわけだ。

電通ネット広告不正、閲覧数虚偽報告も 「経営の問題」:朝日新聞デジタル

 

テレビに置き換えればわかりやすい。「つまらない番組にスポンサーがつかない」というのは至極真っ当だが、ネットにおいてはこれがまかり通らない。「つまらないが人は集まるサイト」に金が集まるという、状況が起こっている。僕も去年の6月、こんな記事を書いた。つまらんネット記事にイラついたという話で今回の件に通じてもいる。

イラっとするネット記事について。 - わがはじ!

 

僕が「いよいよネットがカウンターでなくなった」と感じたのはこの点である。今回、DeNAが「医療」という逃げ場のないところでやらかしてくれたことにより「大手企業なのにそんなレベルの記事を書いてたの?」「パクリはまだしも改ざんとは犯罪じゃないか!」と初めて「一般ネットユーザー」(ここ重要なんだけど)が憤りを覚えたのである。政治に例えれば、散々政策に揶揄だけしてた野党が突如与党となり。いざ政策をやってみたら振るわない。国民がようやく「与党」としてのネット記事に非難を浴びせたという状態であろう。

 

・「一番上に載ってるサイトは安心だと思って」

こんな話を書くきっかけとして、今回の報道がテレビなんかでも大きく取り上げられてて。その中で大学生への取材が放送されていたのを観たのだが。

 

スタッフ

まとめサイトとかってよく見ますか」

 

大学生

「見ますね、普通に信じちゃいます」

「検索で一番上に出てくるサイトだと思って安心して見てました」

 

一番頭に乗せたダイヤモンドオンラインの記事でも書かれていたことだが、検索の上下はSEO対策で決まってしまう。特定ワードの使用や配置場所という文章本来の価値以外の部分での並びである。怖いのは、そうした機械的なアルゴリズムを理解してない場合は勿論だが、SEOという概念を理解していたとしても無意識的に人は情報を上から取ってしまいがちだという事だ。

 

そして「大手IT企業運営のまとめサイト」という箔が付けば、かなりの人は信じてしまっていたことだろう。それが、上記でまとめた通りPV優先の内容はかなり薄い、あるいはパクリ記事だという事が判明したわけだ。これまでも正直言えば、古参ネットユーザーはそんなことは気づいていたことだろう。だからこそ、オタク系は特に過去から「まとめサイト」という存在自体かなり嫌われ者だったし、管理者はよく権利侵害やらでネット炎上の的になっていた。

 

「信じる方が悪い」「踏んでくれればそれでOK」このビジネスモデルがそのまま大手企業に採用され、今回の事案にまで繋がったということだが。この件を境にそうしたキュレーションサイトをネットから追い出すのは企業でなく、ユーザー側だと信じたい。どの情報を信じるのか。提供ソースはどこなのか。そもそも薄っぺらいPV稼ぎだけでないのか。刺激的な文面だけでリンク先を踏む価値があるのか。無意識にネットをサーフィンし、それらを傍受するだけの時代は終わったように感じる。ユーザーの意識さえ変われば、企業広告の質も恐らく変化してくる。つまらない番組から、スポンサーを引き剥がすのが僕らの義務だと思う。

 

再三繰り返すが、もうネットは情報提供という意味でカウンターの立場でなくなった。こんなブログすら、見られる回数なんかたかが知れていたとしても、見られる事を意識せねばならないわけで。今回の騒動は、趣味だとしてもネット上に文字を書く身として、しっかりと考えなければならないことだし、また遍くインターネットを使うユーザーが「ワンクリック」の価値と情報の価値の相対をすべき時代が来たのだと、そんな感慨を抱かせてくれた。