わがはじ!

めんどいオタクのブログ。

新しいモノに惑わされそうになったら過去を見る

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ゴールデンウィークも終わり。社会人たちの断末魔が聞こえる日曜の夜いかがお過ごしだろうか。僕もそんな例に漏れることなく、多分いつも通りの勤務のはずなのに、異常なまでの絶望感に駆られている。とりあえず皆、死なないようほどほどに頑張りましょう。

 

という事で、技術革新が甚だしい昨今。どの業界でもネットを眺めると皆こぞって「次に来るのはなんだ!」という話で持ち切りなんだけど、敢えて過去を覗くのも悪くないなと思った記事です。

 

Apple Musicに登録して知る新しい音楽の楽しみ方

僕は特段オーディオマニアというわけでもないので、日ごろiPhoneで音楽を聴いている。ここ半年~1年くらいだっただろうか。Musicのアプリを立ち上げると「For you」とかそんなアイコンが追加された。当初はなんじゃそりゃと思っていたのだけど、定額の音楽配信サービス「Apple Music」の機能の一つらしく、いろんな音源を聞くことができるだけでなく、当人の好みからプレイリストなんかもサジェストしてくれて月980円とのこと。

 

種々定額音楽配信サービスが流行っている事は知っていたが、僕は「その時自分が聞きたいものを聞かせてくれよ」という堅物で、しばらく無視をしていた。ただ、次第にアプリ内においてそのアイコンが目障りなのと、周囲からの「結構面白い」という声を聴いてしまい、この連休とりあえず3か月のトライアル版に登録してみた。最近ランニングを始めてから音楽を聴く回数が増え、その際のローテーションに悩み始めていたというのも理由の一つである。

 

という事で、ランニング中早速そのプレイリストを起動。「邦楽2000年代ヒットチャート」を聞いてみることにする。すると一発目がhitomiの『LOVE 2000』。同世代以上ならわかるだろうが、シドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子が当時お気に入りにしていた曲としても有名であり、ある意味マラソンにとってはなじみ深い曲である。そのチョイスもなかなか悪くない。その後もロードオブメジャーやらオレンジレンジ(初期)やらと、僕が小中学生の頃必死で聴いていたオリコンチャートをほじくり返され、なんとも言えない気分の中走り続けた。

 

ふと、その頃の音楽の聴き方を思い出す。2000~2005年くらい。よっぽど気に入った音源はCDを買い、それ以外で音源が欲しければレンタルショップで借りた。当時はちょうどウォークマンもカセット~MDへの移行期という時代だったので、家のコンポでそれぞれのメディアに録音をするという作業をバカみたいに繰り返した。また、テレビでは音楽番組が溢れておりオリコンチャートを元にしたランキング形式で当時の流行歌を紹介。とりあえずトップ10を聞いていれば学校でも会話から漏れない。

 

恐らくオリコンチャートが最も力を誇っていた時代も、この2000年代くらいまでではないだろうか。それ以降は音楽配信のパイが次第に大きくなり、アルバムではなく個別曲のDL数が増加。You tubeでも様々な音源を楽しむことが出来るようになり、CD販売のヒットチャートといえば嵐かEXILEかAKB(秋元康関連)が埋める。しかも、音源そのものより特典の方に価値が置かれたりと、僕が言うまでもなく音楽業界を巡る状況は様変わりしてきている。

 

そんな音楽チャートが生きていた最後の時期の音楽を、定額音楽配信という形で聴くことがなんだか皮肉だなぁと感じた。うーん。この音楽配信という形。個々の好みによりマッチさせることで、大きなシーンを作るよりも個別需要のミスマッチを失くすという意味では非常に効率的である。これからの音楽はこのような形に落ち着くのだろうか。とか悶々としていたわけだ。

 

ビルボードって最初はどうだったんだろう

ふと逆に、僕らが過去当たり前と思ってたCD販売を元にヒットチャートが出来あがり、シーンが出来る流れは果たしてどこで発生したのだろうと気になったのである。今の時代が「音楽業界の過渡期」であるならば、昔にも当然「過渡期」はあったはずである。細かいことはスルーしてみて、ヒットチャートの成り立ちにフォーカスをしてみる。

 

おおざっぱに言って世界的音楽ヒットチャートの大御所といえばアメリカ「ビルボード誌」だろう。各国ヒットチャートはあれど、ビルボード誌のランキングは日本国内のラジオでも結構聞くことが出来る。その影響力は未だにやはりエンタメ大国、アメリカさんである。そのスタートはどのようなものだったのだろう。とりあえずWiki先生に聴いてみることにした。

 

1894年11月1日に『ビルボード・アドバタイジング』(Billboard Advertising)という誌名で創刊。創設者はWilliam H.Donaldson とJames H. Hennegan。オハイオ州シンシナティで産声をあげた。1897年に『ビルボード』に改称。創刊当初は、サーカスや移動遊園地などを取り上げていたが、次第に音楽を取り扱う記事数が増え、1960年代からサーカスや移動遊園地を別の雑誌で扱うことにし、音楽に一本化した。誌名はその頃の名残であり、巡業の日付を貼り付ける掲示板から付けられたものである。

1936年1月4日ビルボードは初めて全米のジュークボックスで流れたヒット曲の一覧を発表し、1940年7月27日号に初めて独自の統計から割り出した、ヒット曲のチャートを掲載した。1958年8月4日以後、シングルの販売とラジオ局でのリクエストなどを元にホット100(Hot 100)という100曲の最も流行している音楽チャートを掲載している。

 

「へぇ」である。最初は遊園地とかレジャー施設の情報誌だったんだなと知る。そして本題は2段目である。「ジュークボックスで流れたヒット曲の一覧を発表」とある。なるほど、最初はレコードの販売を元にした統計ではなかったという事だ。ジュークボックスは、要はお金を入れてその中の1曲をリクエストすると、そこから音楽が流れるという今でいえば公共の有料試聴機みたいなモノと言えばいいだろうか。

 

なんだか考えてみると現代に近い気がしてきた。自分の端末にDLするということではないけど、クラウドサーバーにいろんな曲があって、そこから課金をすることで音楽が聴ける。しかもジュークボックスは公共の場にあるもので、そこでの選曲は一人で楽しむだけではなく、DJ的な行為にも捉えられる。姿はアナログだけど、それはCDの購入よりむしろ音楽配信、また自分の好きな音楽を即共有するネットでの楽しみ方に近いのではないか。

 

その後時代が進み、各自宅にはプレイヤーがある前提となり、音楽はレコードやCDを購入しコレクションする「モノ文化」の一種に取り込まれていく。ただ、ジュークボックスしかなかったヒットチャート創設当時はむしろ「1曲単位」「都度課金」「公共の場において共有」という要素が強かったという事だ。今の時代の「一度課金すれば購入扱いになる」という面は圧倒的に違えど、音楽の楽しみ方はなんだか原点回帰をしているんじゃないかと思えてきた。

 

現在、配信でもDL数など過去の販売数に近いチャートはすでにある。これから定額音楽配信がより一般的になれば、ジュークボックスの時代みたいに、その再生回数やSNSへの共有回数・リコメンド回数を元にした統計がなされ、これまでとは一味違ったシーンの形成がなされるのかもしれない。

 

・新しい過渡期には一個前の過渡期を見直す癖を

正直、上での思考は「これからの音楽業界は」という問いに対する答えになってはいないし、そうしようとも思わない。ただ、色んな事に対する考え方のヒントになるのではないかと思った。ちょっと話は飛ぶが、昨今、情報革命が進み「これまでの常識が全く通用しない時代が」という話を頻繁に聞くようになっている。確かに自分自身もそう思うし、スマホが一気に普及したのもこの5~6年の話。時代のスピードはぐんぐん加速していて、皆が一抹の不安と期待感を持ってこの先を論じているわけで。

 

VR、自動運転、コミュニケーションツール、情報セキュリティ、どれをとってもSFというか自分の想像の斜め上を行く話ばかりだ。自分も新しい時代についていかなければ取り残されてしまう。各種メディアを見ていても、それを見て論じている僕を含めたネットユーザーも、ちょっとした焦りと煽りを伴って、未来のことをひたすらに見続けている感を受ける。

 

しかし、過去から人は常に新しさを求めてきた。産業革命に端を発した技術発展はもちろんのこと、特に20世紀の所謂世界大戦後については、法規や人権に対する考え方が、地域差はあれど大きく変わってきた。「これからの時代は全く違う時代になる。どうにかしなければ。」きっとだけど、どの時代の人たちも、同じような期待と不安を抱えて、なんとかここまでやってきた。多分その焦燥感と対応策には、きっと今我々の目の前の課題に対するヒントも隠されているのではないだろうか。

 

例えば自動運転。これまでの自動車社会を大きく変えると謳われているが、かつて自動車が普及しだした当時はどうだったのだろうか。どのような法整備を行い、人に普及させ、事故の防止を行いそして安定的な運用に繋げたのか。恐らく「そもそも自動運転の話と比較しても別次元の話だから意味がない」「時代も人口も今と全く違いすぎる」という声も聞こえてきそうだ。当然頷ける指摘である。しかしながら、先のビルボードの例の通り、ちょっと見てみると思わぬ気づきがあるかもしれない。

 

 

具体的な例の提示をするまでの気力はないので、ここら辺で留めるが、これからの時代は想像の通り恐ろしいほどに常識が変わることだろう。しかしながら、戦時と戦後、ネット登場以前とネット普及後など例を挙げるまでもなく、大きく時代が変わった経験を人はしてきている。歴史を学ぶということは、所詮生き物としては今の我々と変わらない人たちが、当時の苦難をどのように乗り越えたのか。あるいは乗り越えられなかったのかという事を学ぶ為に必要な事である。過去に縛られる為に過去を見るのでなく、今の不安に対峙するため参考にさせてもらうという姿勢が、今改めて重要視されるべきなんじゃないかなとか思った連休最終日の夜でした。なんか長々すみません。

 

仕事かあー。