わがはじ!

めんどいオタクのブログ。

『Wake Up,Girls!』を見て思った「アイドルを愛する」という事について

f:id:daizumi6315:20170830132851j:plain

Wake Up, Girls! 総合公式サイト|WUG!ポータル より

🄫Green Leaves / Wake Up,Girls!製作委員会

昨日、ようやく『Wake Up,Girls!』を全話見終えたので、その思いを好き勝手語っていく。薦めたいので、ネタバレ少な目でエッセンスだけ書けるよう頑張ります。てかマジでみんな良い娘だからみて。

 

 

僕は正直言えばもともと「アイドル」という仕組み自体が好きではなかったのかもしれない。

 

アイドルになろうという当事者は、承認欲求の権化というか。自分自身が美男美女であることをいいことに、それが自己発露だ社会貢献だといわんばかりの顔でパフォーマンスをする。アイドルを追っかけるファンは、当人たちの裏表も考えず、また例のサッカーサポーターを煽った議員の発言でないが「自分の人生を人の人生に乗っけてる」ような感じを受けてしまう。そしてそれを取り巻く音楽業界も、そうしたアイドル志望の人やファンたちをひとつの道具として捉え、経済の循環を作ろうとするだけの世界。

 

こうして書くと単純に、非モテの陰キャなクソ中二の発想じゃねえかと受け取られるのも理解できる。なんていうんだろう。昔から僕はアイドルという存在をとりまくすべてに、何かこう穿った見方をしていたのは確かだ。自分の周囲のアイドルオタの方々や、またアイドルを扱ったコンテンツにどうしても馴染むことができず、その理由を自分の中で武装していった結果、このような感情を抱くに至ったのではないかと自分の事ながら推論している。

 

しかし、かなり前にそんな感情の一部を知人に漏らすと「それならWUGが好きなんじゃないかな」と言われたことがあった。僕も一介のオタではあるので、コンテンツ開始当初から外装の知識だけはあった。確かavexとヤマカンがコラボして、震災以降の東北復興を念頭に置いて立ち上がった声優アイドルユニット兼アニメ作品『Wake Up,Girls!』。当時の印象は、キャラも地味だし、avexが絡んでいるという時点で引き気味だったのは間違いない。

 

おススメを受けながら、そのまま作品に触れることはなく2年ほどが経った。そんな折、知人から今年のアニメロサマーライブの3日目へ誘っていただき、そこにどうやらWUGが出ると知る。登録していたApple Musicを探すと案の定WUGの楽曲も入っていた。とりあえず、ライブを楽しみたいから。そんな思いで軽く聞き始めることにした。

 

・衝撃の『Beyond the Bottom

久々にアニソンで鳥肌が立った。いや、正直泣いていたと思う。Apple Musicには「初めてのWUG」のように各アルバムから、何曲かをピックアップしてくれる機能がある。それを流しながら聞いていると、僕の琴線に触れるどころか、そのまま乗っかってきた曲があった。それがこの『Beyond the Bottom』である。構成からしても確実に単なるアイドル楽曲のそれではなく、メロディ・歌詞ともに美しく、また壮大なアレンジからは「原作を見ろ」という意思がひしひしと曲から感じられる曲である。

 

調べれば、アニメ版『Wake Up,Girls!』の構成はプロローグ的劇場版『七人のアイドル』から始まり、TVアニメシリーズに続く。そして更に前後編の劇場版が挿入され、そこでひとまずの幕を下ろす形となっている。その最後の劇場版後編タイトルこそが『Beyond the Bottom』なのだ。その明らかに「逆境に打ち勝つ」という意味合いのタイトルにも一瞬で惹かれたし、作品のラストを飾るのがこの曲と知り、徐々に「見るしかないのでは」という気持ちになる。

 

しかも、関連楽曲の作曲はすべて音楽集団「MONACA」の田中秀和氏と神前暁氏コンビ。双方『デレステ』や『物語シリーズ』の楽曲を手掛けた天才である。他の楽曲も含めてこれはクオリティに間違いないかも・・・アイドルアニメだからとか、見ない理由が徐々になくなっていった。

 

・『ふたりはプリキュア(無印)』の8話までを想起させる空気感

最初の劇場版『七人のアイドル』を見始めて驚いた。物語は女社長・丹下と社員・松田しかいない仙台の弱小芸能プロダクションが思い付きでアイドルプロデュースを行うというところから始まる。そのオーディションに集まる女の子たちも、全員が「こんな事務所で大丈夫なのか」という疑心暗鬼を抱きながら活動をスタートし、序盤は本当にツライ仕事や営業回りばかりが目に入る。そう、他のアイドル作品になかなか見られないレベルの「ツラさ」がふんだんに盛り込まれているのだ。

 

それでも徐々に共通の目的を共有しながら、夢に向かって打ち解けていくように映る。しかし、本当の意味で彼女たちが打ち解けるのは、かなり先の事だ。TVアニメ版、そして後期劇場版でようやく自分の気持ちを吐露し、邂逅するキャラもいる。その間ずっと視聴者である我々は一抹の不安というか、やきもきした微妙な気分を味わい続けることになる。

 

ここで個人的に『ふたりはプリキュア』8話を思い出したのである。この8話では、初めてお互いが本音をぶつけ合い、それぞれのことを「なぎさ」「ほのか」と下の名前で呼び合う関係になるという神回である。それまでの7話分は、突然伝説の戦士プリキュアになってしまったお互いが、単に逆境を通じて「仲良くなろうとする」ぎこちなさが見て取れる。喧嘩はしない、仲良くしていたい、でも本当の気持ちが分からない。これをモノローグでなしに、空気として描くのは思った以上に骨が折れる仕事である。

 

このWUGという作品の凄さは、それをほぼ全編通してやってしまう。上に書いた通り、それぞれの邂逅までの話が非常に長く、またWUGのメンバーだけでなく、社長の丹下、マネージャーの松田、楽曲提供をするプロデューサーの早坂といった周囲の人間にもこのやり取りが当てはまる。誰が本当に信じられるのか。心の底から相手に期待できるのか。それぞれの本音と建前が浮き沈みする状況下において、当然人間関係も交錯する。そして、それら一つ一つの壁を乗り越えるWUGのメンバー達の描写にはどうしたって心を引き付けられてしまう。

 

・大人の世界の「アイドル」を愛するという事

そして、この作品において注目すべきはファンの「大田」の存在である。本作を知らなくてもこの画像で知っているという人は多いことだろう。

f:id:daizumi6315:20170830132935j:plain

TVアニメシリーズ『Wake Up,Girls!』12話『この一瞬に悔いなし』より

 

アイドルアニメにおいて、ファンを描くというのはなかなかに難しい手法だと思う。作中ドルオタを描きづらい理由は、エロゲに明確な主人公を登場させないのと同じ理由だ。だって、それは視聴者にとって鏡になってしまうから。例えばエロゲで自己投影するべき主人公が、イケメンすぎたら「いや俺そこまでイケメンじゃないし」となり、またキモオタなら冷静に自分を見返してしまうというリスクを孕んでいる。

 

それでもキモオタ然とした大田は本作の中で、WUGを愛し続け、応援を続ける。元スターの島田真夢を擁するという事で掲示板で叩かれまくるWUGに期待の目を持ち続ける。そして、私設ファンクラブを立ち上げたり、最後まで応援を続ける。この作品の大田の姿から、われわれは一体どんな感情を得るのだろうか。

 

僕らは本作でWUGというアイドルグループを俯瞰的な目線で見ることになる。どれだけツライ仕事があった。内部でのいざこざがあった。それらを嫌でも見させられる。それはあくまで憶測だが、大田もそのくらいのことは分かっている、と思えてくるのだ。スキャンダルで叩かれる、嫌な仕事をさせられる、楽曲に恵まれない、内部紛争だってある。それでもファンは、その語源「ファナティック」の名の通り、そのアイドルという存在の性善を信じ続ける。ツライ世界を生き残る彼女たちを信じること。彼から「人はなぜアイドルを愛するのか」という教科書をまざまざと見せつけられる気分になった。

 

冒頭に掲げた通り、僕はアイドルという仕組み自体を信じられていない。単純に発想がガキで人間不信という話なのかもしれない。しかしながら、本作で見た光景はその「信じられない汚れた大人の世界」というとエッセンスをしっかりと残しておいて、それを乗り越えるアイドルたち、そしてそれを信じられるファンという、僕が正直欲しがっていた感情すべてが『Wake Up,Girls!』には詰まっていたのである。

 

アイドルなんてものは、浮き沈みのある稼業だ。当然本人たちの年齢もあるだろうし、世の中の流行なんて一瞬ですげ変わる儚いものである。しかしながら逆にファンの一念とアイドル達の必死さで、その世の中を変えることもできるのだ。我々の世代での女性アイドルで言えば、モー娘。AKB、パフューム、ももクロ、でんぱ組などなど。それぞれのグループの歴史を垣間見ると、それは「大人の世界」で本人たちとファン達が足掻き続けた物語そのものだろう。

 

一歩引いて二次元のアイドルコンテンツも同様だ。今や最大手である『アイドルマスター』は当時窮地のナムコがアーケード筐体としてある種の博打に出たと言われた作品だ。ポリゴンかつCG技術が未発達の頃から、それらキャラクターを愛し続け、作品自体にこだわり続ける人がいたからこその現在の地位であるし、また『ラブライブ!』も同様に『電撃g's magazine』の誌面企画として打ち出された当時は「アイマスのパクリ」「キャラがパッとしない」などと言われ続け、一向に芽の出る気配すらなかったコンテンツだった。

 

僕らが愛好する、という事は信じることだ。どれだけ利権が動いていようと、汚い発想が渦巻いていようと。それを乗り越えられると、ファンは応援し、そしてそれを受けてアイドルは乗り越える。これまで僕がぼんやりドルオタに対して感じていた「裏のある世界に対して何盲目的に愛を抱いてるんだ」という揶揄すら乗り越える「汚い世界すら乗り越えるエネルギーを信じること」それをこの『Wake Up,Girls!』からは学べた気がするし、その過程こそ『Beyond the Bottom』まさにどん底を乗り越えることそのものだと感じた。

 

 

 

長くなったが、当然、以上書いてきたことは僕の独りよがりな考えだし、いろんなドルオタがいれば、いろんなアイドルだっていることだろう。それでもいわば「アイドル版SHIROBAKO」とも呼べるような本作を見たことで、多少なりともポジティブな発想でアイドルコンテンツを見られるようになったと思う。中居くんが某CMで言う「アイドルはやめられない」というその複雑ながらも前向きな意味合いも、感じることができた。

 

とかく楽曲、ストーリーと申し分ない出来だったし、TVアニメシリーズの各話タイトルが黒澤明作品を捩っていたりとか、まだまだ魅力について言い足りないことはあれど、とかくこれから10月新章もスタートする。期待をもって待ちたいところである。