わがはじ!

めんどいオタクのブログ。

神保町とブートレッグの思い出

神保町の老舗CDショップ/レンタルショップ「ジャニス」がこの11月をもって閉店するとのこと。人が亡くなったり、店が閉店すると急に寄ってたかって語りだすこういう記事。ネットで見ていて辟易するのであまり好きではないのだけれども。それでも、このお店から受けたモノを考えると書かざるを得ない。

 

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お店のHPはこちら。キャンペーンやるみたい。

http://www.janis-cd.com/news/campaign/

 

正直な話。いつかはくるんだろうなと思っていた。それでも実際、正式な形で打ち出されるとなんとも言えない気持ちになる。音楽配信が一般化してからもう久しいわけだが、ここにきてこのお店の閉店の報を聞き、CDという媒体が本当に死んだんだなと痛感する。

 

「ジャニス」の存在は中学生のころ父親から教わった。廃盤やブート盤がどうしても聴きたい、欲しいと思うほど音楽を聴くようになったらここにくればいい。と。人としてはあまり見上げる事のない親父だが、ことこういう件に関しては間違った事を言わない。

 

案の定その後、学生の時分は勿論、今も神保町近くに勤務しているためしょっちゅう足を運んだりした。その品ぞろえは圧巻で、廃盤など希少価値の高いものはレンタルする際、自分の名前や連絡先など保証書を書くという仕来りもここならではだろう。

 

個人的に思い出深いアイテムは、くるりのインディーズデビュー盤『もしもし』だ。おそらく3度は借りた。カセットに録音するため、MDに録音するため、PCに取り込むため。中学、高校、大学それぞれで同じ盤を借りるなんて、普通なら考えられない話ではある。ただ、ここでしか入手(レンタルだけど)できない代物があまりにも多くあった。

 

そして、何よりもブートレッグ盤探しはこの店の大きな思い出だった。なんていうか、今「海賊版」と聞けば「コピーをネットで流す」的な某漫画村的イメージが先に沸く。ただ、ビートルズやらビーチボーイズだったり。洋楽にバカみたいにハマっていたあの頃、ブートレッグ盤というのは、どうしたって聞くことの出来ない「あるはずのない音源」で、ある種の夢を叶えてくれた盤だった。

 

音源化されていないはずのライブ音源や、リハーサルを兼ねたアウトテイク音源、あるいは違う言語バージョンなど、面白い音源がそこには溢れていた。ビートルズ関連のブートなどは特に後世にも残っており「ウルトラレアトラックス」シリーズに代表される通り、アウトテイクを世にもたらす価値を再発見させたとも言える。最終的には「アンソロジー」の発売にも寄与したと言われるほどだ。

 

僕個人として思い入れがあるのは、1991年、ジョージハリソン来日の横浜公演の音源だ。『Live in Japan』として公式に音源化されたのは東京ドーム公演なのだが、横浜アリーナでしか演奏していない『Love Comes to Everyone』その1曲が当時聴きたくて仕方なかった。そんなニッチな理由、自分の足を使って血眼になって流通すら定かでない1枚のCDを探す。

 

ネットが普及した今になってしまえばバカらしい話なのかもしれない。そして回顧的に「あの頃がよかった」なんて事をいうのも無粋だと分かっている。それでも存在すら定かじゃないモノが在ると知り、現に入手し、そしてCDプレイヤーにかけた、あの時の感情はどうしようもないものがある。

 

今回、閉店するジャニスには、そんな思い出が詰まっている。どうしても欲しかった音源。聞きたかった音源。きっと、あるんじゃないかと疑いながら彷徨ったのである。当時ネットもなく、情報もない。僕らはCDショップで探すしかなかった。そんな中、都内最強と言われた品ぞろえを誇るジャニスで延々宝探しをしたワクワク感は、多分他の感情で代替できそうにない。

 

感傷にしかならない文字を垂れ流しながら行う一方的な思い出語り。本当に何になるわけでもない文章なのだけれども、単純にそういう時代があって、そういうお店があったという話だ。ただ書かないと自分すら忘れていきそうで。秋葉原レコファンや中野レコミンツやら神保町ジャニスなどなど。馴染みのCDショップが次々に閉店していく中、そういうワクワクするような宝探しを経験させてくれたことに、ただただ感謝を表したい。