わがはじ!

めんどいオタクのブログ。

オタクとして老い、死ぬ事を考える~町田メガネ『下流オタク老後破綻論』から~

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C94で頒布されたコピ本Ver. 最新版はオフセット仕様があるみたいです。


正月は、無駄に意識やら心根を改める時期だ。これまでの自分の来し方を振り返り、そしてこれからの生き方を模索する。あぁ、これまでなんて膨大な時間を無駄に費やしてしまったのだろう・・・神妙な面持ちで考えるも、1年の計を既に寝正月で過ごした自分の今年を心配しちゃっていたり。とりあえず、今年も明るく生きていきたいものです。

 

前回記事に引き続き今回も、先日行われたコミックマーケットにおいて頒布された同人誌の中の1冊を取り上げてみたい。町田メガネ氏という著者/サークルが発刊する『下流オタク老後破綻論』だ。この本は、すでに昨年の夏のコミケで頒布されたコピー本の再販で、C95においてオフセット版となり装丁が奇麗になったとのこと。

タイトルからしても暗いことこの上ない本書。現在、社会的弱者からマジョリティになりかけているオタクが抱きうる「将来に対するただぼんやりとした不安」をそのまま、しかも更に具体化させて本にした姿勢はすごい。ちょっと個人的にも引っかかるところがあったりしたので、紹介させていただきたい。

 

・オタクはこの先どう死ぬのか

このサークル主、町田メガネ氏は過去にもここのブログで紹介したことがある通り、数々の職歴や遍歴から、偏りつつも鋭い同人誌を発刊することで知られている。

www.wagahaji.com

この記事内でも紹介しているが、町田メガネ氏の本はとかく「煽り」の強い本が見受けられる。自身の経験をもとにしながら、SNSでのコミュニケーション、実社会での生活、現代における働き方まで。自虐を基本にちょっと斜に構えた文体のため、それぞれに是非はあるが、スパイスの効いたネタハウツー本を発刊することで定評があるサークルだ。

 

今回『下流オタク老後破綻論』を手に取り。またいつものテイストか、と覗いてみたのだが色調がいつもとは違う。確かに計画的に貯蓄できないオタク故の自虐を込めた「煽り」口調は確認できる。だが、他の既刊より切迫したものを感じたのである。つまり冒頭でも触れたとおり、この先オタクってどう老いて、どう死んでいくんだろうね。という切々たる不安感を、けっこう明確な形で示すことに成功している。

 

なんていうか、日ごろオタクとしてSNSでわーわーやっている我々が見たくない所を的確に文章化した稀有な本だなと。毎回、過去の名作漫画をパロディにした挿絵が秀逸なこともあり、本書に関してもも多くの人が目にとめたことだろう。この本が突いてくる「認めたくない未来」に対して、読んだ人はそれぞれ「俺は収入があるから大丈夫」とマウントをとってみたり、あるいは「まさにその不安を感じている」と共感してみたり。それぞれ、読者の心境によって情報の意味が大きく左右するのではないだろうか。

 

・「ネット上の友人」と社会

本書では、ロスジェネ世代を基調にしているが、僕も就職時に苦しんだリーマンショックを含めたいわゆる「失われた20年」まで援用出来る内容になっている。昨今問題視される貧困やその連鎖については、既に書物からドキュメンタリーに至るまで、各媒体で取り上げられている。そして、こうした問題意識を「同人誌を買うような我々オタク」目線から見ることで、かなり身近なレベルの事案として突き付けているのがこの本のスタンスだ。

 

もちろん本書では、貯蓄や保険、年金といったような計画的な将来設計の話題が主軸ではあるものの、僕が最も関心したのは、ここの見出しに書いたいわゆるコミュニティの問題も明示したところにある。

 

つまるところ、僕らはいったい誰と悩みを共有し、誰を「仲間」と呼べばいいのか。という問いだ。昨今ツイッター等、オタク色の濃いSNSでは、その思想の潮流は個人主義に軸足があると言える。結婚などは社会に強要されるものでなく、稼いだ金や得た時間は自分の為に使うべき。雑に言えば「リベラル」的なこの手の発想は、それまでの昭和然とした社会観に対するカウンターの立場であるネットカルチャーにおいて馴染みやすいものであろう。

 

学校でも会社でもない、そしてリアルでもなく。我々特にネットに明るいオタク層は、90年代後半以降、趣味を媒介にしながらこれまでにないサードプレイスを得た。ただ、既に時代は平成を終えようとする中で。カウンターとして立ち上がった思想の、次のカウンターの波が来ている。自分たちでもうっすらと自覚している通り、血縁のない関係性、個人主義的な関係性の強度の問題だ。

 

この本の終章に【相談する力】と銘打たれた一段がある。その最後をちょっと引用してみたい。

下流老人で起こっている大問題の一つとして、自分で勝手に考え判断し決断し取り返しのつかない事態になっているケース。相談する人がいない、もしくは少ない、さらには「問題にふさわしい相談相手を見つけられない」等が今のオタクにもたくさん発生していると確信しています。」

勿論、この文での「相談相手」とはコンサルといった専門家という意味でも読めるが、より本質的な問いとしては、我々は本名まで曝け出して相談できる人をネット上で作ることができるのか。そんな問いにも繋がってくるようである。

 

・強度ある関係性と将来

 先の問い、ネットに親しい人ならこう答えるだろう。「ネットで信頼できる仲間は作れる」と。僕自身も実際にこれまで沢山の交流をしてきたし、そのように答えると思う。

 

ただ、この本は町田氏の自虐的目線、「下流オタク」目線から書かれている。要は、そんなネット上における綺麗ごとでは済まされていないということだ。今、趣味の面で楽しく過ごしている人が、生活面での壁に直面した際、どこまで「信頼のおける関係性」で在ることができるのか。

 

ふとそんな感情のもと、ツイッターでタイムラインを覗けば、マウント合戦が横行する日々で。様々な基準をもとに、自分のポジションを見つけては安心と虚栄を得、そして下を見下してみる。ネット上では、誰かの一挙手一投足がつぶさに確認できる状況だ。そのため常に、相対的に自らの位置を確かめ、同位置程度のコミュニティを作っては友人と考える。

 

町田氏は本書終盤から下流オタクが飛躍し、サバイブするための方法の一つに、信頼できる家族や結婚を作るという選択肢を挙げている。血縁という面倒さも含めて、生きる糧の一つになるのではという提示である。もちろん、これを読んだ際に抱く感情は人それぞれだろう。だからこそ、もし本書を読んで、その時に抱いた感情に注視すべきと僕は思う。

 

オタクとして、ネット社会に身を寄せて、老い、死んでいく。そして東京五輪後、不安要素を色濃く抱える経済状況の中、そんな際に、社会的地位だとかに左右されない仲間を作れているだろうか。あるいは一人で生きる覚悟を持っているだろうか。そして当然、リアル社会で生きる強さを身に着けられるだろうか。

 

 

読んでいて、金銭面をはじめとしながらも、様々な角度から「オタクとしての生」を問われる心地がした。これまでのシリーズ以上にハッとさせられる文も多い。各所委託などでも入手できるようなので、気が向いたら手に取ってみてもいいのかもしれない。

 

なんだか、悔しいけどおススメな1冊でした。

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